新聞を読みながら、一人ゆったりした気分でランチを楽しみ、デザートのティラミスを食べて、最後にエスプレッソコーヒーを味わっていると、午後1時を過ぎた。次は、あの男に「追加取材」だ。
木村屋コーヒーに電話すると、運よく社長は在席中で、すぐにつないでもらえた。
「急にすみません・・・」
「いえいえ、お気になさらず。どうされました」
「実は、先日の取材をまとめたんですが、うちの編集長が、社長がブラジルに行かれた時のことを、もう少し詳しく書けって言うもんですから・・・」
「それなら、喜んでお応えしますよ。どういったことですか」
「まず、社長がパラナ州のコーヒー農家を訪れたのは、どなたかの紹介があったんでしょうか」
「日本で事前に紹介してもらった現地の韓国人に、クリチバにある、州の有機農業協会の事務所に連れて行ってもらいました。その事務所の人たちには、滞在中ずっとお世話になりました。まあ、先方も、商売熱心でしたけど・・・」
それから、どうでもいいことも含めていくつか質問し、区切りのいいところで、丁重にお礼をして、電話による「追加取材」を終えた。
それにしても、その日の木村氏の声のトーンは、ハイでもうつでもなく、いたって「正常」だった。
次は、ブラジルのアミーゴ(友達)に電話しようかと思ったが、向こうは夜中の1時か2時。帰って、メールすることにした。
外で気持ちのいい時間を過ごして、マンションに帰ると、さっそくサンパウロのセルジオ金城に、日本での調査状況を報告し、ブラジルでの「追加調査」を依頼した。
「重要!」のマークを付けた長いメールを送ったあと、ソファで休んでいると、ケータイが、ジュリアーナから電話だと知らせてきた。
「あっ、あたし。行ってきたよ」
「ずいぶん早かったね」
「ほとんど隣の店だし、あんなとこ、女一人で長くいれないからさー」
「で、どうだった?」
「店のオーナーらしいオヤジに、隣のぼろアパートに住んでいた『キムラ』さんっていう人、探してるって言ったら、ずいぶん前に引っ越したんだって。商売がうまくいって、今は、西新宿の何とかビルに入っている会社で、社長してるって。前は、よく店に来たらしいけど、偉くなってからは、ほとんど顔を出さないって」
「ありがとう。それだけ分かれば十分だ」
「それから、ジュリオが何調べてるか知らないけど、ちょっと前にも、昔の恋人らしい外人の女が、同じことを聞きに来たって言ってたよ。あたしも、元カノみたいに思われたかもね」
期待もしていなかった貴重な情報が、突然もたらされた。ジュリアーナには、早くお礼をしなくてはと思った。
「今の情報は値千金だ。で、ランチはいつがいい?」
「ランチじゃなくて、あの店、夜、誰かと行って、お酒でも飲みながら食事したいなー」
「『あの店』って、まだ行ってないよね」
「韓国オヤジの店だよ」
「えっ、そっちか。気に入ったの?」
「うん。韓国風のすき焼き、家庭的で美味しかったよ。また一人で行くのはやだけどさー、ジュリオと一緒に、何んとかっていうお酒飲んで、話でもしながら食べたら、もっと美味しい気がする。あたしー、気取った店より、ああいう庶民的なのが好きなんだよねー。店のオヤジも、息はにんにく臭くてやだけど、話はケッコーおもしろいしさー・・・」
「よし!じゃ、約束するよ。来週だな」
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