「じゃ、今度会われたら、よろしくお伝えください。キムラさん、大久保にいたころはよく来てくれましたが、西新宿に引っ越してからは、あまり来てくれませんよ。最後に来たのは、もう1年以上前かな。まあ、偉くなって忙しいし、住む世界が違うから、もうこんな店、来れないかもしれませんね」
「キムラさん、外人の彼女とはうまくやってたんですか?」
「いやー、あの頃のキムラさんは、本当に元気で、楽しそうでしたね。何か、会社が大きくなって、有名になる度に、顔色が悪くて、口数も少なくなっていくような気がして、心配してましたけど・・・。でも、最近は、婚約されたなんてニュースも聞きましたから、きっと、元気なんでしょう。昔の彼女がどうしたなんて噂がたったら、迷惑でしょうね」
オヤジの話を聞き終え、「ケン・キムラ」とは、木村屋コーヒー社長「木村健」だと確信した。
店の手伝いをしているオヤジの娘さんの手を借りて、酔い潰れたジュリアーナを近くのマンションまで送ったあと、大久保から西新宿まで歩くことにした。JRの大ガードをくぐりながら、同じ道を通って木村氏を捜しに行ったかもしれないカロリーナの姿を想像した。
次の日は、昼近くになって、考えていたことを実行に移した。
木村屋コーヒーに電話をすると、すぐに社長につないでもらえた。私は、先日の追加取材のお礼と、次の日曜日の新聞に記事が載ることを伝えてから、単刀直入に、カロリーナというブラジル人女性について、心当たりがないか聞いてみた。
「私、今は暇なんで、ボランティアで外国人の身の上相談をしてるんですが、カロリーナさんっていう人から、お子さんの父親探しを頼まれましてね。『ケン・キムラ』っていう情報しかないんですが、もしかしたらと思いまして・・・。そのお子さんっていうのは、この間、三歳になったばかりの男の子で、今は、サンパウロで元気に暮らしてるんです。ところが、依頼人のカロリーナさんが、不幸にも日本で亡くなりましてね。代わりに、何とか父親を捜してやりたいんですよ。親が二人ともいなくなったら、その子、かわいそうですからね・・・」
電話の向こうの木村氏の沈黙が、何を意味しているか分かったので、話を続けた。
「あっ、人違いですね。大変失礼しました。なかなか分からなくて、いろんなところに片っ端から聞いているんですよ。たまたま、社長と名前が同じだったもんですから。また、他に当たってみます・・・」
最後通牒を出したところで、ようやく木村氏が口を開いた。
「実は、このところ、誰かがその件で尋ねて来る予感がしていましたし、尋ねて来て欲しいと期待もしていました。まさか、その誰かが、ジュリオさんだとは思いませんでしたが・・・。この間頂いた名刺では、ジュリオさんのお住まいは青山ですよね。今度の日曜日の午後に、マンションの契約の件で六本木に行きますから、その帰りにそちらにお伺いしてよろしいでしょうか。たぶん4時頃になると思います」
意外だった!木村社長は、カロリーナとの関係をあっさり認めた。日曜日の遅い時間なら都合がいい。リカルドも呼んで一緒に話を聞こう。
【第19話】
10月最後の日曜日の午後、リカルドは、午前中のサッカーの練習から早めに抜け出し、3時前に私の事務所にやって来た。
木村社長が来るまでの間、大久保の韓国料理屋で得た情報を伝えていると、約束どおり、4時ちょうどに木村社長が到着したので、リカルドと一緒に地下の来客用駐車場で出迎えた。
ホーム | 文芸 | 連載小説 | 「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo) | 「ある日曜日」(Um Dia de Domingo)=エマヌエル賛徒(Emanuel Santo)=(40)