「お互い久しぶりに会われて、話したいことがたくさんあったでしょう」
「ええ、まあ。でも、話題の中心はこれでした」
木村社長は、ジャケットの内ポケットから折りたたんだ書類と一枚の写真を取り出して、私とリカルドに見せた。
「例の出生証明書のオリジナルですよ!」と、リカルドが驚きながら言った。
「この出生証明書の父親の欄は空白なので、カロリーナが自分で私の名前を書き入れたそうです・・・。この写真を見たとたん、涙が出ました。私と同じ輪郭の顔にカロリーナの目鼻が付いて、こいつは間違いなく私たちの子供だと思いました。カロリーナは、日本を追い出される前に私の子を宿していたのです」
「カロリーナさんは、木村社長にその子を認知してほしかったわけですね」
「カロリーナは、子供を育てるには、お金と同じように親の愛情が必要なことを知っていました。彼女は、自分の出生証明書の父親の欄も空白だし、母親の顔も覚えていないと言っていました。親の顔も愛情も知らずに育ったカロリーナは、自分の子供に同じような思いをさせたくなかったのです」
「私の調べでは、社長は新規事業が軌道に乗り出してから、新進事業家のパーティーで例の代議士先生と知り合い、それがきっかけでその娘さんと交際を始められましたね。カロリーナさんが強制送還されたのはその後ですよね」
何か言いたそうだったリカルドが口を開いた。
「社長は、カロリーナが妊娠したことは知っていたんでしょう。だから彼女が邪魔になった。ビジネスがうまくいって、偉い人の娘と結婚できるかも知れないチャンスが来たのに、不法滞在している外人の女を妊娠させたことが世間にバレたら都合が悪いですよね。社長、ひょっとして、カロリーナのことを入管に通報したのはあなたでしょう」
「それは・・・」
「まあ、それはどうでもいいですよ。誰が通報してもしなくても。社長、その先の話を聞かせてくれますか」
「カロリーナは私に、結婚してくれとか、金をくれとかの要求は一切しませんでした。彼女は、すでに日系人の方と結婚して幸せに暮らしているので、用が済んだらすぐに群馬に帰ると言っていました。彼女が私に伝えたかったことは、ペドロに父親としての愛情を与えられるのはこの世で私一人であり、ペドロがこれからの人生で私を必要とする時は、私なりのやり方で彼を助けてやって欲しいということです。私も親の愛情に恵まれずに育ちましたから、彼女が言いたいことはよく分かりました」
カロリーナの切なる願いを聞いた木村社長は、今度ブラジルに行った時には必ずサンパウロに寄り、公証役場でペドロの父親として登録をすることを約束した。今年に入ってから、生産拡大に伴いブラジルからのコーヒー豆の輸入を大幅に増やす必要があったため、ちょうど社長自ら現地に出向いて業者と商談しようとしていたところだった。
「なるほど、カロリーナさんが再来日したかった本当の理由がようやく分かりました。生きるにはお金が必要だけど、世の中には、親の愛情とか決してお金で買えないものもありますからね。で、カロリーナさんは、何であんな死に方をしたんですか」
「子供の話が一段落して、二人とも昔を思い出して楽しくやろうという気分になりました。私も例の婚約話がパーになって少し落ち込んでいましたから、昔の恋人に癒しを求めたい気分でした」
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