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杉山重光=ブラジルの日本人ギター職人を訪ねる=50年間の集大成へ向かう

 「日本人のギター職人がいるんだよ。会ってみれば」。そう唐突に先輩記者に教えられ、興味が涌いてコンタクトを取り、サンパウロ市内の工房までお邪魔した。
 事前に名前を日本語で調べても資料はほぼない。ただポルトガル語で調べると山程記事が出てくる。「ヴィオロン・スギヤマ(Violão Sugiyama)」の職人、杉山重光さんはブラジル音楽界に名前が残る数少ない人物らしい。
 そのギターを愛用する音楽家にはトッキーニョほか、ブラジルでは誰もが知る名前ばかり。にわか音楽ファンの記者でも、知っている名前もある。

 

製作途中のギターと杉山重光さん(76、静岡)。 手作りの工房で

製作途中のギターと杉山重光さん(76、静岡)。
手作りの工房で

 杉山さんは緊張する記者を握手で迎えてくれ、早速工房を案内してくれた。「楽器は注文が来てから作り始める。私のギターはお店では買えない」。買い求める人はどんなに遠方でも店を訪れる。後で見せてもらったアルバムには購入者が嬉しそうに楽器を抱える写真がびっしりと収まっていた。
 現在76歳の杉山さんは日本でギター楽器メーカーに勤めた後、73年に工業移民として着伯。ブラジルに渡った理由は、「とにかく海外で仕事がしたかった」と意外に簡単なものだった。
 「日本ではやっていけると思えなかったね。無理を言って買って貰ってもらってもね」。自分の納得のいく作品を、求める人に買ってもらいたい、そんな気持ちが強いのを感じた。

 当地でしばらく違う工房に勤めた後、まもなく独立し工房を立ち上げた。「まずは板を買うこと。ギターじゃないよ。棚を作るんだから」。工房は何から何まで手作り。
 しかし、徹底的な手作り主義があるわけじゃないという。「ただ何でも手作りするのが好きなんだよ」と口癖にもように繰り返す。
 「小学生のころの工作で〝これ君が作ったの?〟なんて先生から驚かれて、すごく嬉しかったのを覚えている」とはにかんだ。

 ギター作りに重要なのはもちろん木材。納得のいく材料を各地から取り寄せる。「木の寿命は数千年。人知では理解できないもの」。木へのこだわりは、簡単には語りつくせない。
 工房奥には木を乾かす乾燥室がある。なんとこれも手作り。一定の温度と湿度で最低10年以上は寝かせて置くという。長年ゆっくりと乾燥させることで、木の組織が均一状態のまま残り、いい音が響くようになるという。
 また、「どういう原理か説明できないけど、木は寝かせると歪みがなくなる」。そういうと、記者に10年ものと、25年ものを手にとって見せてくれる。
 正直言って、素人目には全く分からない。しかし、「確かな違いがあるんだ」という。「寝かせれば寝かせる程いいものになる。何百年だっていい」。ただ、一つの目処として〝30年〟という期間を挙げた。「経験上、理想の状態になるにはそのくらいかかる」。
 今、これまで寝かせておいた木がその時期を迎えつつある。これまでも数々の「名器」を生み出してきた杉山さん。
 「これからあと何年作れるかはわからないけど、〝これから〟だね」。改めてギターつくりの喜びを感じているという。
 前述の通り、ボサノヴァ、MPBの多くのアーティストから、愛され続ける「スギヤマ」。長年に渡り、アーティストの交流も多い。「よい弾き手がいるからこそより、よいものをつくろうと思う。仕事はずっと楽しい」。
 「〝人に響く音〟というものがある。これを出せるかは、やっぱり才能だね」。理想の音楽があり、それを自分が楽器で奏でてほしい、そんな思いを、まっすくにギター作りに込めているようだった。「だから、自分は引張ってもらっただけなんだ」。ある意味、良い弾き手であるブラジル人音楽家が、杉山さんのギター作りの技能を引き出し、才能を奏でている―のかもしれない。(桃園嵩一記者)