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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(81)

ニッケイ新聞 2014年1月21日

「と、云うのは?」

「彼は十三歳の時、事故で両親を亡くし、それ以来、ブラジル生れの幼い弟や妹達の面倒見て立派に育て上げ、頑張って来たトメアスのシンボルです」

「お名前は?」

「沢田照夫です」

「辛かったでしょう」

「いえ、大勢の仲間の無念な死と比べれば、大した苦労ではありませんでした」

「先駆者の死を意識して頑張ってこられたのですね」

「彼等の死を無駄にしないように・・・、それに、日本人皆で助けてくれましたし、なんとか・・・。今は幸せです」

沢田昭夫老人が『幸せです』と言った瞬間、彼を今まで陰で支えてきた両親の霊が彼の身体から抜け出した。

それを霊感した中嶋和尚は『南無阿弥陀仏』と極楽浄土を願った。

二つの霊は嬉しそうに手を取り合って空に昇った。中嶋和尚はそれを確かに霊感した。

海谷老人が、

「幸せとは夢を追っている時じゃないかと思います。辛かったが夢を追い続け亡くなった同胞達も幸せだったと思います。その夢を次の世代に託して・・・ ありがとう和尚さん、貴方がトメアスまで来られた事で、我々は忘れていた『仏』さまを再発見しました」海谷老人も中嶋和尚の手を握り、何度も頷いて涙を堪えた。

中嶋和尚の鼓膜を飛び越えて脳に直接霊託が聞こえてきた。

《和尚、俺達はこの世に多くの未練を残し、無念な死を遂げた者だ。それを簡単に成仏させようと企てても、そう簡単にいくものか》霊獣化した先駆者の声だった。

その真声に、中嶋和尚は、

『無念な死などありません。詳しくお話を』と、中嶋和尚は交霊を試みた。

《聞いて下さるか、この密林の中で、三人に一人の幼児は一才を待たずしてみんな死んでいったのじゃ、俺はその幼児達の弔いをせずに死んでしまった、どう詫びればいいのじゃー、それが無念でたまらん》たくましい霊獣が子供の様に泣きふせた。

《私はやっと密林を開拓してこれからだと云うときに病気にかかり・・・、この悔しさを誰にぶつければいいのか・・・》

《俺は毒蛇に咬まれた。残念でならん。この世で夢を果したかったのじゃ。このままではあの世なぞ行けるものか》

《父は自分のエゴで、母と、私と幼い妹をこの過酷な配耕地に連れて来ました。父は希望を叶え日本に錦をかざりましたが、その陰で飢えと過酷な労働に耐え切れず・・・、私達は・・・》