南米の解放者シモン・ボリバルが師と仰いだシモン・ロドリゲスの解析者(アナリスト)で、アルゼンチンの著名なあるジャーナリストは、この度ブラジルで起きたジウマ大統領の罷免騒ぎは、「その数々の重大な過失問題の再検討を要し、改めて同じ過ちを犯さざるべく、地域政治家連の真剣なる猛省(もうせい)を促すものである」と述べた。
同アナリストの説明を言い換えれば、ジウマ大統領の一つ目の間違いは、PT(労働者党)党員の動員を怠った事と、民衆運動の離断(りだん)にあり、この現象は既にルーラ政権時代にも見られた事だと言う。
二つ目の間違いは、大衆との積極な組織的かつ能動的な接触なしに、ジウマはただ単に「執務室からの政治」に頼った点にある。更に3番目の間違いは、PT内での批判や議論も容れぬ、「安易なビジョン」が必然的に正しい政見を誤らせた事にある。
最後にマキアヴェリの一言を引用し、「統治者の安定に対する最たる仇の一つは、行く先に潜む危険を警告せずに、甘言ばかりを弄する取り巻きの助言者や顧問達にある」とした。
このブラジルの政治台風は深刻で、その危機は末期的症状にあり、単に重大な政経分野の問題のみならず、倫理及び道徳面の危機も大いに孕んでいるのである。
他人事でない大統領罷免
正にお隣の大国の〃お家騒動〃はパラグァイにとって他人事ではなく、ブラジルの一挙手一投足は、その良し悪しにかかわらず敏感に影響するのだ。
ジウマ大統領は連邦議会の議決で、罷免審議が決行され、その進行中180日間は定職となり、ジウマが裏切者と断じた副大統領のミシェル・テーメル氏が暫定大統領に就任したが、おおよその見方はジウマ大統領の復権は難しいだろうとされる。
全ては憲法にのっとったインピーチメントなのだが、ジウマは当初より盛んに「連邦議会によるクーデターに他ならない」と喚わめき散らし、国連や米州機構などの国際機関にまで訴えた。
ところで、パラグァイのルーゴ元大統領は行政不振の廉で、同じく合憲的に2012年6月に国会の弾劾裁判の判決で48時間以内に更迭された。
ジウマとは対照的に〃迅速〃な弾劾裁判の処置だった。しかも、この時は折りしもリオ市で開催中の「国際環境会議・リオ+20」に出席中のウナスール・南米同盟のメンバー各国外相団を率いて、当時のヴェネズエラのマドゥロ外相がアスンション市にあたかもギャング団のごとく乗り込み、ルーゴ大統領の罷免を阻止すべく、大統領府に各軍団司令官を招集し、国軍の決起を促した。
さすがにパラグアイ国軍の司令官達はソッポを向き、マドゥロの檄(げき)は功を奏さなかったが、人をバカにした内政干渉にも程がある話であった。
そしてルーゴが去った後、暫定大統領に昇格したフェデリコ・フランコの新政権は〃国会クーデターの産物〃だとして、メルコスールやウナスールの会員諸国は一切これを認めず、それぞれパラグァイの正会員国の資格を停止し、国交も断絶した。
パ国に続いてブラジルの衝撃
要するに、このパラグァイに対する処置の急先鋒はジウマ(伯)やクリスティーナ(亜)であり、これが大統領弾劾による更迭の前例になる事を恐れたものであった。
奇しくも今回はその〃お鉢〃がジウマに回って来た訳で、口の悪い巷のスズメ達は、「マドゥロは逸早くブラジルに乗り込んで軍隊の決起を呼び掛けるべきではなかったか」と比喩した。
この度のテーメル新政権の登場で、パラグァイの経済界はブラジルの政経事情の好転を期待している。しかしパラグァイはただこれを手放しで慶んでばかりは居れないのだ。
ちなみに、その暫定政権の閣僚人事で気になるのは、ジョゼ・セーラ氏が新外務大臣に任命された事である。
なぜなら同氏は、メルコスール及びカルテス大統領に対する反感を公然と発言する人物で、これからのイタマラチー(ブラジル外務省)外交は、必ずしもパラグァイに友誼(ゆうぎ、「友のよしみ」「友情」の意)的ではないであろう事が懸念されるからである。
経済学者エコノミストで政治家(PSDB党)のジョゼ・セーラ氏(74)は、連邦議会上下両院議員や連邦政府閣僚、又はサンパウロ州知事等の要職を勤めた豊富な経歴の持主で、昨年のサンパウロ市で行なわれた「密輸防止セミナー」の席上、「パ国のカルテス大統領は、ブラジルへの最大の密輸タバコの生産会社の社主だ」と決めつけた。
なお、同氏の「残酷な皮肉」は、巴伯双国企業イタイプー水力発電所はパラグァイに対する「ブラジルの慈善事業」だと位置付け、その総出力の90%相当の電力をブラジルが「嘲(あざ)けた安値」で、発電所が稼動以来引き取り使用している事に触れた。だが、吾が電力資源を長年にわたりブラジルが〃くすねて来た〃事実を、婉曲的に表現したものに他ならない。イタイプーはブラジル唯一の国際水力発電所である。
セーラ「メルコスールは誇大妄想狂的」
なお、南米南部共同市場(メルコスール)は、セーラ新外相によれば、アルゼンチン、ブラジル、ウルグァイ及びパラグァイ間の「譫妄誇大妄想狂(せんもうこだいもうそうきょう)的」な〃関税同盟〃であり、この関税同盟とは、いわゆる「貿易政策主権の放棄」なのだと主張し、メルコスールの機能に猜疑的で批判に吝(やぶさ)かでない。
そのような視野・志向のセーラ外相が権威あるイタマラチー外交の殿堂に登場した事で、いやがおうでも南米のリーダー国ブラジルの外交政策がこれでどのように地域諸国に影響を及ぼすかの大きな疑問符が打たれた訳だ。
不評判な失政で弾劾裁判に付されたジウマ大統領は180日間の罷免審議の結果がどうなるかが未だ待たれるところだ。だが、先にパラグァイで同様の弾劾裁判によった更迭の経験者であるフェルナンド・ルーゴ元大統領(現上院議員)の評判はどうかと云えば、当地の「GEO・世論研究所」の最近の調査では、1989年のストロエスネル独裁政権崩壊後の27年間に於ける民主政体の歴代8政権中、6番目のルーゴ政権(2008?12)の得点は42・8%で「最も良かった」と言う案外な結果が出ている。
どこを押せばこんな結果が出るのか、世の中は全く不可解なものである。
テーメルはジウマの〃尻拭い〃に徹する?
次に、点数が良い大統領は前任者のニカノル・ドゥアルテ・フルトス(2003?08)の21・8%で、ストロエスネルをクーデターで打倒したアンドレス・ロドリゲス将軍(1989?93)が3番で15・9%と続く。
落第の部に属するのは、オラシオ・カルテス現大統領の5%、フアン・カルロス・ワスモシ(1993?98)の1・5%、ルイス・ゴンサレス・マキ(1999?2013)の0・7%及びラウル・クーバス・グラウ(1998?99)の採点0・2%で終わる。
なお、アンケート対象者の中、1・7%の者は何れの政権業績にも満足できないとし、他の8%は回答を拒んだ。
この按配からすると、復権の可能性は別として、ジウマさんもルーゴさん同様に、思わぬところで多くの熱狂者が潜在しているかも知れない。
憲法の規定に沿って副大統領から大統領に昇格したミシェル・テーメル氏は、就任に当り、こう演説した。
「余の暫定政権が国家ブラジルの破綻し切った政経問題の改善の為に執らざるを得ない改革の行政は必然的に不評を買い、その目的遂行について、余の人気が悪化する事はあろうとも、断然と初志を貫く覚悟である。
そして、期待の結果が得られ、余の政権のレガシー(遺産)として残せれば、余の満足はこれに越したものはない。
なお、余は再選の心算はなく2018年の大統領総選挙に出馬する意思はない」と記者会見で述べた。
言い方が悪いかも知れないが、ジウマ政権の〃尻拭い〃を、なんの風の吹き回しで遣らなければならないのか。ここはテーメル新大統領の成功を心より祈りたい。