日本移民108周年を迎えた今年。混迷する政治状況のなかで、ジウマ大統領が上下両院の承認を経て、180日間大統領権限が停止処分となった。テメル暫定政権が発足した今’、『ブラジル政治に物申す』と題して、現在の政治情勢に関するコロニアからの意見と、今後の日系社会に期待する声を集めてみた。
経済政策に道筋を
飯星ワルテルさん(54、二世)
ブラジル政界で活躍する飯星ワルテル連邦下院議員(補欠)は暫定政権に一定の期待を寄せる。「ラヴァ・ジャット作戦で次々と閣僚の疑惑が次々と暴かれているなかで、暫定政権も厳しい批判に晒されており、非常に敏感な時期にきている」と現状を位置づけた。
新政権に関して「ジウマ大統領とは違い、テメル大統領代行は経験豊富であり、議会における議員からの支持もある。まずは、景気刺激策に道筋をつけて、国際金融市場における投資家からの信用を獲得することが必要だ。暫定政権の下で、そのためのよい経済陣営も組織されている。まずはそこに尽力して結果を出し、ジウマ大統領罷免を成立させなければならない。8月が一つの山場となるだろう」と見ている。
▼地方都市を巡る多忙な日々
誠実かつ真面目な日系議員に日系コロニアからも期待が寄せられるなか、多忙な日々を送っている飯星議員から議員活動の話を聞いた。
日伯議員交流の窓口として活躍する傍ら、「社会福祉制度改革は待ったなしだ」として、サンパウロ商工会議所の租税制度の簡易化プロジェクトに従事しているという。「例えば、ブラジルでは医薬品に34%もの税金が課せられている。国民は複雑な租税制度の中で、税金のことをほとんど理解していない。国民に対してきちんと話をしなくてはいけない」と議員としての使命を語る。
「地方都市を巡って、市長や市議会議員からつぶさに要望を聞きだし、ブラジリアで解決策を導くのが勤めだ」として、連邦議員として広く国民生活向上のために奮闘しているようだ。
汚職政治の転換点か
二宮正人さん(66、長野県)
二宮正人弁護士は「人心一新が必要だ。これまで暴かれていなかった疑惑が司法取引などで芋づる式に明らかとなり、クリーン化されるのは良いことだ」とブラジル政治における転換点として捉えている。
「テメル暫定政権が、閣僚メンバーが公表されたとき目を疑った」と言い、案の定、「始動早々に2人の閣僚がラヴァ・ジャット作戦の操作妨害疑惑で辞職に追い込まれており、一寸先は闇だ」と説明した。
「テメル大統領代行自身も、14年選挙資金の不正を指摘されており、選挙裁判所で違憲判決が下されれば、選挙自体が無効となる可能性すらある。また、暫定政権は教育や医療分野を含む予算のカットによる小さな政府志向を打ち出しているが、それに反発することによってPTは巻き返しを狙っている。ジウマ大統領罷免とそれを阻止するための票を両陣営が争っているような状態で、ジウマ大統領が復活する可能性すら残されている」と見ている。
ただし、「ジウマ大統領が罷免となり、政権が安泰なものとなれば新政権に期待しようというコンセンサス(共通認識)が生まれるかもしれない」とした。
「この際、継承順位5番目の最高裁長官までずるずるといくか、あるいは、困難な手続きが必要となるが、全く新規の大統領が直接選挙で選ばれるべきではないだろうか」と考えているようだ。
▼今こそ名をあげよ
このような現状のなかで、誠実な日系議員に期待する声は大きい。だが「この政治的状況を覆すほどの指導力を備えた政治家は残念ながら頭角しておらず、機が熟するのを待たなければいけない」のが現状という。
「これまでのブラジルにおける日系人の活動は地味なもの。ブラジルで日系人の代表格は誰かといえば、文協会長となるかもしれないし、そうでないかもしれない。日系人は努力に献身を重ね、師弟に教育を施すことで、ありとあらゆるところで根を張ってきた」という。
今後は政界をも含めて「ブラジル社会において名をなして、四世・五世など優秀な若い世代が学問・実務社会で益々幅広く飛躍し、ブラジル社会に貢献してゆくことが望まれる」と日系社会の今後に期待を込めた。
先行きの見えないブラジル政治
徳力啓三さん(74、三重県)
ブラジル日本会議で理事長を務め、日頃から日伯両国の政治に関心の高い徳力さんは、「政治家の倫理感、道徳感、責任感のなさにはあきれ果てて物も言えない」と怒りを顕わにする。「つい数年前まで世界経済の第5番目の大国にまで上り詰めようとしていたのに、また後退していくのかと思うと非常に残念な気持ちだ」と肩を落とした。
続いて、「労働者党政権は、企業で言えば『粉飾決済』によって、国民を欺いてきた。この罪は重い。ジウマ大統領が180日間の大統領権限停止となったが、テメル暫定政権も期待できそうにない。さっそく閣僚の疑惑があがっていることがその証拠だ。問題が続いている限りにおいては、安定性は見込めそうにない」と先行きの見えないブラジルの行く末を案じた。
▼日本の『心』を今こそ
このような混迷を極める政治情勢の中だからこそ、「ブラジルのために日本人としての誇りをもった日系議員に対して大いに期待したい」と語気を強める。「政治や軍事の世界で活躍する日系人に話を聞いたことが何度かあるが、親の後ろ姿を見て、しっかりと日本人の教育を受け、日本人としての誇りを高くもった人々が、この地でしっかり根を張って活躍している姿を何度も見てきた」と『日本の心』を持つことの重要性を強調した。
日系社会の中において『日本の心』をいかに伝えていくかということが日系社会の急務だと感じている日本会議。「今年度、日本を良くする会から、ブラジルに軸足を移し、『日本の心』を伝える会と方針転換した我々の課題でもある」と説明した。
「日本本国であっても、戦後の自虐史観からいまだ抜け出せず、いまだに護憲派が多数を占め渦まいているなか、日本人であることに誇りをもてないでいる」とした上で、「当地では、若い世代は、日本語の読み書きができず、考え方も現地化しつつあるので、なおさら難しい」と危機感を感じている。
日本会議における方針転換について、「これまで検討を重ね、日ポ両語の出版物支援などを検討してきたが、それを子弟が読んだところで、果たして実感を持って、日常生活の中において彼らの言動のなかに昇華させられるのか。我々が日本語で理解して腑に落ちるものを、ポ語で読んで若者に理解してもらえるのか不安がつきまとう」という。ただ、「我々に残された時間は少ない」という危機意識を感じ、今後も日本会議を通してブラジルに広く貢献していきたいとの意気込みだ。
「傲慢」の罠
杉本教雄さん(70・二世)
静岡県人会会長を務め、弁護士として活躍してきた杉本さん。13年間の労働者党(PT)政権について、「労働者党のイデオロギーは共産主義だ。理想は立派だが、それが成立しえないことはとっくに歴史が証明している。権力者は汚職にまみれ、人間は欲から逃れられない存在だからだ」と一刀両断する。
また、労働者党が成立しえたのは、「ボウサ・ファミリア(条件付現金給付政策)などのバラマキ政策により国民が誘導されたからだ」としてブラジルの教育水準の低さを指摘した。「人種別にみれば大学進学率は100人中、黒人が2・5人。白人が20人、日系人が33人。日本では3分の2が大学を卒業している」とブラジルの先行きを憂慮する。
さらに、「労働者党政権は、票を獲得するため選挙で不正を働き、国家の百年の計とも言われる国家の責務である教育を怠ってきた。国民に教育を与えないことで、政権を維持しようとしてきた。言わば、衆愚政治だ」と批判した。
「今の世の中に、目では見えない恐ろしい仕掛け罠があります。それに落ちたら終りです。その罠の名は『傲慢』です。人間は、出世すればするほど『謙虚』『謙遜』を忘れてはならない」とメッセージを送った。
▼暫定政権に期待
テメル暫定政権については、国会に対して国家予算の追加説明をせずに、巨大債務を隠し続けていたジウマ大統領と比較して、「法律の手続きをきちんと踏んでいる。テメル新政権に求めることは、混迷した政治状況をまずは安定させることだ」と期待を込めた。