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法案作成の基を築木、今も闘うMダ・ペーニャ氏(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
法案作成の基を築木、今も闘うMダ・ペーニャ氏(Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)

Mダ・ペーニャ法10年=家庭内暴力は後を絶たず=224回手術受けた女性も

 家庭内暴力など、女性を対象とする暴行事件を防ぐためのマリア・ダ・ペーニャ法(MP法)が裁可されてから10年経つが、家庭内暴力は根絶にはほど遠く、後遺症などに悩む女性も多い。
 11340号法は同法作成のきっかけとなった薬剤師マリア・ダ・ペーニャ・マイア・フェルナンデス氏の名前を取り、MP法と呼ばれる。
 マリア氏は1983年に2度、夫に殺されそうになった。最初は銃で撃たれたもので、4カ月の入院を余儀なくされた同氏は、車椅子生活開始後も「銃を放ったのは強盗だった」と言う夫の言葉を信じていた。
 だが、退院後は軟禁され、使用人から夫が銃を持っていると知らされた同氏は、夫がシャワーを壊して感電するよう仕向けた事に気づくと、子供と共に家を出た。夫は真夜中に実家に押しかけ、ドアを蹴って叫ぶなどの脅迫も行っており、正式な離婚成立後、マリア氏は夫を告訴した。国際的な圧力もあり、19年半に及ぶ係争が結審後、MP法が作られた。
 同氏が10年前の同法案の承認、裁可を「勝利」と讃えた事は1日付G1サイトなども報じたが、家庭内暴力に泣く女性は今も後を絶たない。
 7月20日付フォーリャ紙が紹介したバルバラ・ペンナ氏(21)は、父亡後の2011年にジョアン・グアチモジン・モオジェン・ネット被告と交際し始め、娘を妊娠。出産後に家庭内暴力が始まった。
 最初は言葉による暴力だったが、2013年に妊娠7カ月で息子を生むと、状況が悪化。息子の世話をしに病院に行く事さえ嫌っていた夫が「子供を見たい」と電話してきたため、夫の祖母のアパートへ行くと、口論となった。夫が実家に戻ると言って出て行ったので寝たところ、夫が戻ってきて殴り、髪の毛を掴んで引きずり回した後、うつぶせにさせて馬乗りになり、首の骨を折ろうとする、アルコールをかけて火をつけるといった暴行に及んだ。夫が更にアルコールをまき、火が広がったため、窓から助けを求めたペンナ氏は、夫に突き落とされた。
 体の40%に火傷を負い、体中の骨が折れた同氏は2カ月間に昏睡から目覚め、4カ月後に退院。生きていると聞き、生きる力の源泉としていた2人の子供と子供達を助けようとした隣人の死は、退院直前に知らされたという。
 ペンナ氏は既に224回の手術を受け、これからも、角膜移植や義足装着など最低7回の手術を受ける。家庭内暴力の被害者が数多い事を知った同氏は、ドキュメンタリー作成に応じ、家庭内暴力の被害者女性や子供救済の働きを始める。