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実録小説=勝ち組=かんばら ひろし=(6)

「分かった松さん、ありがとう。礼を言うよ。それじゃ、裏からコンセイソン通りを抜けて教会の裏手に出よう。あの辺は住宅地だし、ものの分かった人達が多いから、害を加えられることもなかろう。ふさ、大事な物だけ身につけな。沢山は持とうと思うな。おれはさと子と勝次を連れて行くから、お前はよし子を頼むぞ」
 家の外には高く叫ぶ声、バタバタと走り交う音が聞こえはじめた。もう猶予はない。源吉はいくばくかの現金と書類をまとめた鞄を小脇に抱え、まだ幼い長女のさと子と次男の勝次の手を取った。十二歳になる長男の正吉はもう一人で走れる。外は暗い。裏口から抜けるとすぐ松太郎が続いて来た。
「今一度戸締りを見てきました。無事で済んでくれりゃいいが」
「すまん松さんそう願いたいところだがな」
 一家は教会の裏手を目指して坂になっている道を小走りに登りはじめた。
「で、松さん、あんたの家の方はどうする。一度は帰って見てきたほうがいいんじゃないかな」
「いや源さん、一緒にお伴させて貰います。どうせこっちは女房子供がいる訳じゃ無し、気軽な一人身だ。こんな時こそ日ごろのご恩返しに働かせて頂きます」
 正吉の手を取り、今一方の手にも何やら包みを抱えた松太郎の声が力強く返ってきた。
 松太郎は女房も一人いた子供も、入植初期の苦難期にマラリヤで失い、以後男やもめのまま通していた。そしてここ数年は半ば独立の形で、源吉の店の外歩きの仕事をしていた。 そんな訳だから住居といってもある家の裏庭の小部屋で、人に襲われるような場所ではなく、また、これといった家財道具が置いてあるわけでもなかった。
「本当に何から何まですみません。松太郎さんも一緒して頂ければ、こんな心強いことはありませんわ」
 ふさも子供を抱えて暗い道を急ぎながら、心からの礼を言った。
「カーザ アサヒ」の前に集った群衆は既に暴徒と化していた。松太郎が念を入れた厳重な戸締りも獲物を持って興奮した集団の前にはひとたまりもなかった。
 扉は打壊され、店に積んであった穀類は袋ごと前の大通りに投げ出される。道一杯に散らばったフェイジョン(豆)を踏みつけながら人々は絶叫する。
「日本人を追い出せ。ブラジルを我々の手に取り戻せ」
「連合国万歳、ブラジル万歳」
 源吉が正吉を連れて自分の店の見える坂道の上まで戻ってきたのは、こんな破壊の最中だった。正吉をつけてよこしたのは、万が一にも暴徒のところへは近ずかないようにという、ふさの用心だった。
 坂の上からは店の付近の様子があたりの闇から浮き出して、手に通るように見えた。棒切れであたりかまわず叩きまわっている男、何か分からずわめいている者、店にある衣類やら雑貨やらを持ち出そうと先を争う人人、走る人。
「畜生!」
 一応は予期した情景ながら、現実に自分の命をかけた店が壊され、荒らされていく状況を目の前にして、源吉はバリバリと歯がみをした。自分の成果が崩されていくのを目の前にして、何の手出しも出来ない状況が無念だった。