8月31日、ジウマ大統領は弾劾裁判で罷免されたが、その直後に発表した声明で「これ以降もミシェル・テメル新大統領の新政権に対する戦いを続ける」と、宣戦布告のような宣言を行った。
ジウマ氏は声明の中で「これは私が体験した、人生で2度目のゴウピ(クーデター)だ」とし、学生時代の70年代初頭に軍事政権と戦って逮捕され、拷問を受けたことを1回目とする発言を行った。
そして「私は、政府内で起きている汚職への警察の捜査を止めようとしなかったために、その犠牲となった」と述べ、テメル新大統領が所属する民主運動党(PMDB)の大臣や上院、下院議長など、汚職の疑われる政治家たちからの逆恨みで政権を追われた、とのニュアンスを出した。
また、「私への侮辱は党への侮辱と同じ」として、自身の所属政党、労働者党(PT)が必ず政界の中心に復帰することを宣言した。
さらにジウマ氏は「ゴウピスタは人種差別者であり、同性愛者差別主義者である」と、新政権が旧態依然とした保守体制のものに逆行するかのような物言いもした。
罷免直後、PTと同じ左翼政権のキューバやベネズエラ、エクアドル、ボリビアといった国からは、ジウマ氏が唱える「ゴウピが起こった」に賛同する声明が起きた。
国内でも、ジウマ氏を支持する人たちの間で全国的な抗議行動が起きた。
こうした反応だけを見れば、あたかもブラジルで本当に政治クーデターが起きたかのように解釈する人が出ても不思議はないが、実際はどうだっただろう。
まず、今回の罷免審理は、憲法に記載されている大統領の罷免手順に則ったもので、9カ月もの時間をかけ、下院、上院双方で議論と投票を重ねた上で行われたものだ。PTも何度も最高裁に罷免は憲法違反とする訴訟を起こしているが、すべて却下されている。
また、PMDBの政治家が多く絡んだラヴァ・ジャット作戦には、PTの政治家も同様に関与が疑われており、石油公社ペトロブラスの大型契約に関与した政治家の賄賂は、PMDBが契約金の2%に対し、PTは3%取っている。また、PTの会計担当は歴代2人がこの作戦で、さらに1人がその前の大型汚職のメンサロン事件で被告となっており、うち2人が既に有罪となっている。
更に、ジウマ氏の師匠的存在で前任のルーラ元大統領も、今年3月、実質的に自身の豪邸と目される家を媒介とした贈収賄疑惑で逮捕されそうになった。この時は、ジウマ氏が突如、ルーラ氏を官房長官に就任させ、「大統領が逮捕逃れに加勢した」と国が大きく揺れたが、ジウマ氏の弁明には、PTの絡んだ不正に関することが弁明として出てきたことがほとんどない。
一方、昨年から一貫して「ゴウピ」発言を繰り返すジウマ氏には、PT党内でも一部難色が示されているとの報道もされていた。さらにジウマ氏が「PTの汚職は自分と関係ない」との態度をとったため、罷免問題の末期は党内側の協力も冷めたものだった。
また、ジウマ氏が罷免直前の最後の弁明でも「ゴウピ」を連発したため、国内のメディアも「国民が聞きたかったのはそういうことではない」と反応で、支持を表明しなかった。
「PT政権が終わると保守反動政権になる」と言うのは、PTの昔ながらの戦略だ。たしかにPTは、先頭にたって軍事政権と戦ってきた人たちの集団というイメージが強い。ジウマ氏が罷免になった現在も、国民の2~3割はそのように信じている。実際、貧困層への福祉に厚く、同性愛者の結婚や、人種差別の問題にもかなり熱心という側面も見せてきていた。
だが、そうした、「自分たちこそがブラジルを救う」「軍政と戦ってきた私たちが間違うはずがない」というPTが取りがちな態度に疑問を感じる国民が増え、他政党の反感を買っていた側面も否定できない。これには右も左も関係はない。事実、初期のPTの主要政治家で、PTの保守化・腐敗化に幻滅し、他の左翼政党で理念を追求している人も少なくない。
また、「新政権は保守に逆行」というが、古株のポピュリスト政党で知られるPMDBの政治家のテメル氏を副大統領に据えたのは、ジウマ氏、ならびにPTのそもそもの作戦で、しかも2期も続けて行ったものだ。また、ジウマ政権は、国内でもっとも人種差別や同性愛差別的な言動の多い議員を抱えるキリスト教社会党(PSC)と連立を組むなど、矛盾点も既に露呈していた。
なお、ブラジルの主要新聞が今回のジウマ氏の声明に関する記事を掲載したのは、かなり奥まった位置だった。
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