ホーム | 日系社会ニュース | 業というべき親子の葛藤描く=「道のない道」序にかえて=文章サークル「たちばなの会」代表=広川 和子

業というべき親子の葛藤描く=「道のない道」序にかえて=文章サークル「たちばなの会」代表=広川 和子

広川和子さん

広川和子さん

 自伝小説「道のない道」は、パラグアイからブラジルへという開拓の艱難辛苦を綴った移民史とみることも出来ますが、実はそれだけではありません。
 一家の主人である父親は専制的な暴君で、著者が十九歳のとき移民の働き手となる男を夫に押し付けたのを始め、気に入らなくなれば別れさせ、さらに二度目、三度目の結婚を強要します。家族を虐待し、特に母親への暴力は凄惨で、鍬で打ちのめしたり、薪で頭を叩いたりと、鬼気迫る凄まじさです。
 著者はそこから逃れようとしても叶わず、父の支配下で労働し、耐えてきました。二度目の結婚の夫と離婚するときは、三人の娘の一人と泣く泣く生き別れする状況に追い込まれます。
 サンパウロで水商売に入り、愛人を持つが七年で別れ、小料理屋を経営して成功させても、三度目の結婚で辞めなければならなくなります。
 そして日本への出稼ぎもするが、呼び戻され、相変わらず横暴で残忍な父親と、七年同居し、彼が病気になると介護して、その最後を看取るのです。
 それまで、ただひたすら、懸命に走り続けました。
 著者はここで初めて自由に、生きたいように羽ばたくことになります。
 マッサージ業、囲碁、執筆―と、辛苦にも損なわれなかった真っ直ぐな心と気骨で、のびのびと解放されてゆくのです。
 「道のない道」は、サンパウロ人文科学研究所の宮尾進さんの薦めを受けて出版されました。
 コロニアの移民の著わした「自分史」であると同時に、その中に描かれた人間模様、「業」ともいうべき宿命の親子の葛藤を主題として、派手な事件はなくともページを繰らせ、読者を惹きつける力があります。
 見栄もてらいも余分な感傷もなく、淡々と、ありのままの自らを率直に描いて、私たちの心を動かします。
 そして、とりわけ心打たれるのは、長い歳月、疫病神だった父親と、被害者である娘との間に、深い埋もれ火のような「愛」が、仄かに燃え上がるのが窺われることでありましょう。