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ニッケイ歌壇(521)=上妻博彦 選

サンパウロ      梅崎 嘉明

基地移転くり返し政府に訴える翁長知事の執念は良し
基地のため繰り返さるる暴行に県民の怒り思いやるべし
よそくにに寄与融資の金なれば沖縄基地の移転につくせ
だめ押しの政治をさけて県民の意を汲み平和な国つくるべし
裁判は県民を窮地におとしめる判決なすな博愛を知れ

「評」日頃手がけぬ方向の作品を氏が試みるほどに、世は情報にあふれ錯綜している。歌詠みが、らしく生きられる時代もあったろうが、それは又それでマンネリな世に停滞していたのかも知れない。

サンパウロ      水野 昌之

妻亡くし一人の部屋に春の陽はいつもと変わらずあたたかく射す
夢に出た亡き妻の名を呼びながら覚めて淋しい一人寝の朝
若き日の苦しき生活語り合う妻は今なくひとりの夕餉
遺されて独りで暮らす毎日は君が知ってるように生きている
亡き妻の友と談笑の我がいて遺影にひとり泣く我もいて

「評」いまは亡き妻恋いの歌。どの作も言葉くばりの整った、引きつけられる完成作。一首、四首の静謐さは、堪らない絶唱である。更に五首の『我がいて』『我もいて』の畳み掛けは、効果が効けている。

サンパウロ      相部 聖花

ネイマールのJESUSに感謝の鉢巻きを違反なりとす五輪の委員
アグリオンの青さにひかれ買い来しが使いきれずに黄ばむを惜しむ
「欲するに従い矩(のり)を越えざる」を食傷(あたり)の後に思い出しおり
カトレアは蕾の筒を抜け伸びて咲く姿見せる16の花
溜め置きの雨水の箱で行水のサビアはプルッと水飛ばし去る

「評」『七十にして心の欲する所に従へども、矩を踰えず』。一首二首に込められた深い思慮に邂逅出来た喜びを噛みしめて読んだ。御摂養を祈り上げつつ。

サンパウロ      武地 志津

マラドーナ応援の民は沿道に身を乗り出して自国の旗振る
民衆の歓呼の声に背を押され駆け過ぐるランナーわき目もふらず
ランナーの群れに伴走若きらは沿道狭しと自転車を駆る
小柄なるケニアのランナー先頭に四〇K走破二位のエチオピア
一国を背負い必死の四〇Kゴールを果たし倒れ込む選手も
丈長きテープ自在に操れる見目形よき女性選手等
体操の妙技に撓う選手らの姿態飽くなく見守るひととき
完璧な床運動の内村に〝着地も決めて〟と手に汗握る
次々と新演技みす体操の白井選手の若さに期待す
勝敗に涙の選手に感動のわれも釣らるるリオ・オリンピック

「評」映像にしか見ることの出来なかったオリンピックながら、こうして三十一文字に表現されると、感動が直に伝わるのである。短歌の力は時にカメラを凌ぐものだと書きたいのは、歌詠みの冥利に尽きるか。又大相撲がはじまるので十首掲載。

サンパウロ      坂上美代栄

リオ五輪メダルの選手上を向き顔はくしゃくしゃ国旗にくるまる
母親はメダルの子息掻抱きところかまわずキッスを百ぺん
金メダルヨット選手をヨットごと持ち上げ浜を御輿のように
バレーボール得点なせるアタッカンテ口裂けんかに雄叫び上ぐる
メダルよりテロが気になる吾なりし世界の平穏戻る日待てる

 「評」オリンピックのメダリスト達の感激の姿が、作品をしてつたわる。『くしゃくしゃ』『国旗にくるまる』『キッスを百ぺん』、三首、下の句、四首目の下句、この国ならではの表現を見逃さなかった。何かしら、この剘をして自信を取りもどしたのではと見る。五首の締めくくりが又、良く利いている。

グァルーリョス    長井エミ子

防空壕非難を拒む祖母残しB二十九去るを待つ夏
鉄橋の下に屍重なりて姉を探した焼けたる夏の
限りなく銀のテープの舞い降りて国敗れたる七歳の夏
やっとこさ冬の衣を打ち捨てた山家の森は青きみずうみ
ちっぽけな山家を包む森丸み天に抜けをる風夏のもの

 「評」夏、特に八月はあの忌わしい戦の最期を回想させられる世代。一、二、三首に、特に銀のテープやビラが撒かれた八月の空、『ムダノセンソウヲヤメマショウ。モウスグヘイワデス』、銃後の民草は次に来る、玉音放送に声を絞って泣いた。

ソロカバ       新島  新

近頃は深夜テレビを見る気なく十時頃には眠気さし来る
俳句大会出て来はしたがリオの五輪に気もそぞろではいかんがな是
リオの五輪は頑張って連日テレビを夜中までやれやれ
世界最高オリンピックの新記録期待をしたる程には出ず
オリンピックの競技を措いて幕開けと閉会式がまこと印象に

 「評」氏の言葉で綴る五輪に引き込まれる。四、五首が、正直な所。それにしても二、三首、氏の心象風景の見せ所である。

カンベ        湯山  洋

寒さ過ぎ毎日続く好天気これ植付けの準備する時
乾く風仕事の汗も吹き干して洗顔すれば塩の味する
眠そうに輝きもせず出る朝日昨日の疲れが残る畑に
春一番過ぎて植付けするようにイペの蕾がそっと知らせる
鳴き交し畑を走る恋鶉(うずら)遥か遠くを暫し眺むる

 「評」一首目の覚悟に始り、『汗も吹き干して』も、三首目の発想、『眠むそうな朝日』『疲れの残る畑』『蕾がそっと知らせる』そして『恋うずら』の声を聞く作者の遥かな連想が伝って来る。

サンパウロ      上妻 泰子

ブラジルの音楽かけて昼寝するアメリカ滞在十日目の夫
日の一度犬との散歩を日課とし緑の風に吹かれつつ行く
娘も孫も出でて静かになりし家冷蔵庫の音ひっそりと鳴る
御飯漬物このむ孫おり楽しみは漬物つけて孫と食む時
娘の庭にダーマダ・ノイテを見出して旧知に会いし想いしておる
夫も犬も昼寝している昼さがり庭木ゆらして風の過ぎゆく
CDも終り静かになりし部屋窓より見ゆる樹々のざわめき

 「評」一気に発散してすかっとした詠みぶりは、性格的な、と言うべきか。

千葉県        作木田やす

盆暮れに小遣い送れば品に替え「孫に食わせて」と北の幸届く
なまこ、ほや、南の幸にまさるとぞ夫は笑いて北の幸を言う
早朝に姑のにぎれるおにぎりを旅の守りと別れ来にけり
むつの里の姑を案じてベランダで朝日にむかい無事をしいのる
雪国の遅き春をぞ待ちわびる樹々深々と雪をかむりて

 「評」南と北の故里の親に精一杯の孝をつくそうとする田舎者夫婦に、双方の老婆が送り届ける小包。そしてそれを開いて互いに感謝しあう姿が手に取る様に見える。この世代にしては子沢山、仄ぼのとした歌を詠む主婦。

カッポンボニート (故)菅原康雄

垂れ雲を支える如きミーリョ畑今日も潤う雨足の音
夕冷えに降霜憂う野のくらし静かに今朝は霧に包まる
白鳥の飛び交う如き潅木がみどりの畑に今日も輝く
初誕生のしるしに植えし桃の木の早や四年経てたわわに実る
強いられし謝り言葉答え得ず涙浮かべて抱きつく吾子は

 「評」農業を営みながら地域社会の曳き立て役に永年つくし、コチア産業組合の本部理事を最終そして生涯を世人に親しまれた人。山形県出身。子宝に恵まれず、四歳ごろの子供を養子として育て上げた。