ブラジル離任が発表された梅田邦夫特命全権大使が先月29日、サンパウロ市にある本紙編集部へあいさつに訪れた。2014年3月の着任から2年7カ月。話題の多かった任期中を「激動の時代」と振り返りつつ、「たくさんのご支援を頂いた」と日系社会に対し感謝を伝えた。
サッカーW杯やリオ五輪といった一大イベントを終え、外交120周年での皇室ご来伯に、安倍晋三首相も2度にわたり当地を訪れた。「無事に終えてホッとしている」と安堵し、様々な成果を口にした。
五輪では400人もの有識者が日本から訪れ、「東京に何を持ち込めるか、そんな成果を持ち帰ってくれたはず」。「参考にすべき」と言う点に節約型運営、ホワイト・エレファント(無用の長物)を残さないこと、大会演出の巧みさやボランティアの活躍を挙げ、バリアフリー対策は「もっと改善できる」と指摘。東京大会の成功を願った。
約2年半の間に76回の出張を重ねた。サンパウロには実に39回、リオにも15回訪れた。さらに18の州を訪問し、知事との会談機会を持つなど精力的に動き回った。入植100周年を迎えた平野植民地ほか、パラー州のトメアスー、サンタカタリーナ州のラーモスなど多くの移住地にも訪れ、「想像以上の歓迎だった」と喜び。ブラジリアの老人会にも訪問するなど、気さくな人柄はコロニア中で親しまれた。
秋篠宮ご夫妻のご来訪には「各地で熱い歓迎があった」とし、移住者が抱く皇室への思いを目の当たりに。同年には外交樹立120周年を記念した公聴会が上下院で実施され、「こんな国は他にない」と常々称賛してきた。
安倍さんの来訪も大きな転機になった。JICAボランティアの増員につながり、「日系社会との連携強化は最重要案件の一つだった」と語る。その間、議員や軍事交流も始まった。
世界最大のコロニアに対し「日本の国益に直結するという意識で取り組むべき」と日本側へ訴え、「インフラ、治安改善、教育、医療など日本の制度を活用することでより強固な協力関係が築ける」と展望した。
デカセギ子弟や帰伯者の教育は「日伯共通の課題」として捉える。またブラジル内の動乱に「変改を見届けたかった」との悔いは残るが、様々な課題は「後任に引き継ぎたい」と思いを託した。
今月上旬の離任に先立ち、同日夜には文協で送別会が行なわれた。150人以上の日系人や駐在員が駆けつけ、笑顔で別れのあいさつが交わされた。
リオの日系団体を統括するリオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長は、「五輪を中心に気遣いをして頂いた」と話し大使の離国を惜しんだ。呉屋春美文協会長も「常にコロニアに気を配って頂いたことが、何よりも嬉しかった」と感謝を重ねた。
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惜しまれつつ離伯することになった梅田邦夫大使。政治経済の動乱も大使にとっては良い経験になったとか。大統領罷免や一連の汚職事件には「学ぶことが多かった。外交官冥利に尽きる」。W杯や五輪に加え、安倍総理や皇室のご来伯にも立ち会うなど、実に多忙な任期だったはず。唯一の心残りはジウマ大統領(当時)の訪日延期か。そこは後任の佐藤悟外交官に期待。
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