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道のない道=村上尚子=(12)

 それから又、意識が途絶えた。後で知ったことだが産後の胎盤が、体から剥れず、大出血となったのだそうだ。
 気が付いた時、私は、ジープの窓辺に座らされていた。きっと家族がたくさん乗り込んで、私を横にさせる空間がなかったのだろう。この時は、そんなことさえ考えることも出来なくて、朦朧としていた。
 目を外に向けると、並木がピュン! ピユン! と後へ飛び去っている。それも、時々意識の戻ったときに分かることであった。たまたま窓の側に、L状の帽子掛けのような釘が取り付けてあった。これがジープのスピードで揺れるたびに、私のこめかみに突き刺さるように当たって、意識が戻っていたらしい。もし、あの釘がなかったら…… 
 その後のことは何も覚えていない。気がつくと、あの粗末な小屋の家で寝かされていた。
「随分多くのお産を見てきたけんど、あんたほどの難産の人は始めて……」と母は言った。
 次の日、えらく胸が痛いことに気が付いた。赤く腫れた異状を、母に訴えると、
「お父さんが、尚子に人工呼吸をさせたとよ」とのこと……これほどになるまでというと、それはよほど長い時間……
 この時、生まれて始めてちらっと、父の一面をみた気がした。その父が初マゴに、ひろ子と名づけた。母はその後、二度と私に出産のぎりぎりまで重労働はさせないようになった。どうやらそれが原因と思っているらしかった。

 なぜか茂夫は、産後、川中という同県人のお宅に居ることになっていた。
 何もかも一段落した時、母は説明した。あの日、私にすぐ輸血をしなければならなかった。けれども家族にはだれも合う者がなく、O型の母だけが、AB型の私と合った。ところが医者達は、痩せ衰えている彼女の姿を見て、
「今、血を採ったら貴女の方が死にます」と云って止めたそうだ。結局、リンゲル液だけで生き返ったのだそうだ。家族は皆、「尚子はもう帰ってこない」と思っていたとのことである。
 母は話し続けた。
「病院から帰ってみたら、馬が死んじょったばい」
「尚子の身代わりになったち、みんな言いよる」
 ロープが首に絡んでいたらしい。まさか! 私の馬が! それでも……それでも食べた、その友を。

    川 中 家 と 産 後

 一ヶ月後、茂夫は帰ってきた。彼を遠ざけたのは、私の産後の養生のためだったのだろう。
 彼は始めて見る我が子へ、満面の笑みで両手を広げた。この地球の果てで、たったひとり肉親が生まれたのだ。その感動を身の置きどころがないほどに、体中で表わしていた。茂夫のあんな顔を見たのは、後にも先にももうない。子供は、彼のほうに似ている。茂夫は面長で、目は細く体は小さくキビキビした男だ。
 一方、私も体は小さいが目、鼻もこづくりで唇はふっくらしている。しこめではないが美人でもない。ただ体については劣等感がある。それは髪である。先祖の、どんな人の血が混じったのか知らないが、縮れ毛である。これが少々の縮れ毛ではない。現在は老いて勢いのなくなったこの毛は、一応まとまっている。が、昔は水をつけて櫛でとかしつけても、ぼわっと綿菓子のように膨らんだ。
 ひろ子はしなやかな髪で、面長な顔、鼻はちょっとだけ上を向いていて、かわいい。どうみても茂夫そっくりであった。