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道のない道=村上尚子=(18)

「母が、さすがに私たちのことを放っておけずに、父を説得したのだろうか?」
 その時は、何が何だか分からずに、すぐに山城家に向かった。私は内心あのおじさんなら、と思えたからでもあるが。無一文の私たちは、支度らしい支度はほとんどいらず、身ひとつで引取られて行った。
 着いてみると、山城家には私たちと似たりよったりの年頃の息子が三人、娘が三人いた。奥さんは細身で、昔は美人だったろうと思わせる、面長な人である。毒気のかけらもない優しいおばさんであった。長男、次男、三男の青年たちも、大人しい良い人たちのようだ。よく笑う年頃の娘たちは、明るかった。
 この家の者は、私たちに意地悪をするような人間はだれもいないようだ。

 茂夫は、すっかり明るくなった。
 この家へ来てすぐ「食事は別々がいいか、一緒がいいか」と、奥さんに聞かれた。よさそうな人たちではあるが、私は今までの体験から、なるべく他人とは接触を避ける方が、利巧だと考えた。ゆえに「別々の炊事にさせて下さい」と申し出た。
 食料は安定しているものの、毎日口に入るのは、米とほんの僅かな野菜だけで、以前とあまり変わらない。特別に炊事場があるわけでもない。まことに小さな空間に、七輪だけ置いて、煮炊きをする。
 たった一羽、本家から貰って来ていためんどりがいた。痩せこけて小さい。それでも放し飼いで、この鶏も生きては行けるだろう。それ以外は、肉も魚もない。
 たまにコーヒー園の中に、ぽつん、ぽつんと、マモン(パパイア)の木が生えている。この実は、青いうちに取れば野菜代わりに十分なる。しかしいくら勝手に生えたマモンといっても、その実はいかにも所有者のある顔をしていた。小さなカボチャほどもある大きさで、青くつややかだ。
「あれが一個だけでも欲しい……」
 と何度思ったか知れない。しかし、この家の娘たちが、その実の成長するのを待っている。いい加減な大きさになると、待っていたようにそれをもいで行く。所有者は、ちゃんと目を付けている彼女等のものであった。
 マモンは、その実を食べた鳥たちが、フンを落として、そのフンの中の種が生長するのだと、人に聞いた。

 茂夫はたまに、ピンガの飲み相手として、ご主人に声をかけられていた。彼も又、ここの家族と同席できることが、嬉しそうである。そのうち、茂夫は、夕食は必ず皆と一緒にするようになっていた。
 壁板一枚こちらでは、ひろ子と二人だけの食事で、一品の野菜とご飯だけ、静かに食べていた。隣はみんなの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。ちょっと用があって、たまたま夕食時に、覗いたことがある。テーブルには、牛の肝のさしみや、天ぷらその他があり、味噌汁も出ている(味噌、醤油は自家製)。
 私には、ちょっとした宴会に見えた。ご主人は一杯飲むと口数が多くなり、皆を和ませている。
「オレはな、酒を飲むととてもよい人になるんだ。飲まない時のオレを見た人は、こんなに良い人だとは分からんのだよ」
 みなは聞き役である。全く本人の言う通りかも知れないと、私も聴いていた。それにしてもこのような材料の、ほんの一部だけでも、私たちにまわしてもらえないだろうか。二世帯というと無理なのだろうか……