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道のない道=村上尚子=(22)

 父は、あまりの苦しさに、お金を借りる手紙を書いたらしい。日が過ぎて忘れた頃に、今度は馬車を使って、保明が豚を五頭持ってきた。どうやら、借金の代わりに豚で払ったようだ。山城さんの豚小屋に、保明の持ってきた豚を放した。これが、あまりにも痩せこけていた。この家の息子が、思わず笑ってしまうほどに……

 その山城家とは、あれ以来逢っていない。人づてに、ご主人は亡くなったと聞いた。
 山城さん、大変お世話になりました……

     ブ ラ ジ ル へ

 気付かなかったが、父母たちは耕地を変わっていた。移転といっても、こういう所は大差はない。ジョンソン耕地の中心寄りに移っただけである。
 ただ一つ向こうの方に、小さく人家が見える。日本人が入っているそうだ。なぜか日本人と聞くと、心が和んだ。家の裏側はゆるい坂になっていて、二百メートルも下ると、原始林に突き当たる。その原始林と耕地の境目に、水の流れているところがあった。川とは言えないくらいの巾の小さな流れである。
 そこにドラム缶を据えて、風呂場にしていた。原始林は、前に居た場所も同じだが、腰のあたりまで、名も知れない竹やつる草がはびこっていて、人が奥に入って行くには、山刀がいる。そんなうっとうしい場所でも、こうして澄んだ水が流れてくると、何か心が落ち着く。
 間作も増えて、豚も三頭飼っていた。僅かな現金も入ってくるようにはなっていた。父も以前に比べ、かなり穏やかにはなっている。暴力も振るわなくなっていた。私がこの家に帰って以来、誰もあの山城家で起こした騒動を口にしない。みな申し合わせたように黙っている。しかしそのことが一段落した時である。 
「ジョンソンが、とうとう倒産した!」
 という情報が入ってきた。
「ついに……」という思いであるが、ショックであった。ジョンソン耕地では、延べ三年間も働いてきたのだ。その仕事の賃金が、精算されることなく消えたのだ。
 ジョンソン耕地の潰れた原因は、この地全体に降る霜のためであった。定期的な大霜で、四年に一度やってくるという。それをジョンソンは知らなかった。この霜でやられたコーヒーの木は、立ち直るのに四年かかった。そしてその四年目に、又完膚なきまでにやられた。
 私たちは、丁度その次の三度目の、大霜の前にいた。そろそろ始まる収穫に備えて、大きなふるいを用意した。
 監督がやって来て、「こうして、ふるいに実を入れて、振り上げると、ごみが取れるんだ」と、身振り手振りで、みなに指導して帰って行った。まだ実は大きさも完全ではなく、青い。
 しかし、そろそろ稔り始めるという時期か、そこまで来た時、三度目の大霜が襲ったのである…… つまりこのジョンソンは、十二年間も耐えて、資本を注ぎ込んできたのだった……
 遠くに、かすかに起伏のある山脈が見える。そしてその向こうに見える山脈まで、彼のコーヒー園であった。その遥か向こうの山の地域まで、当時の金で一グアラニー札を敷きつめるほどの資本をかけたのだそうだ。
 ジョンソンは、残った財産である、たった一台のジープを奥さんの名義に代えて、それに乗り逃げたという。私たちの誰一人、そのジョンソンを恨むことはしなかった。