パトロンは、よく太っていて、後の壁と粗末なテーブルの間に、どっしりはまり込んだ。色白の短い首に、大きな頭が乗っている。
その彼は、見かけと違って、テキパキしたボリュームのある声で話し始めた。大きな目玉に、ぐいっ! と力が入った。
「尚子さんに、再婚の話をもってきました」と言う。
相手は、山本一郎といって、イビウーナの町でバール(軽食堂)を経営しているとのこと。子供は男の子十三歳と、女の子三歳がいるそうだ。奥さんは一年前に亡くしたとのことだ。
パトロンが帰って行った後、父は乗り気になった。
「こんなひも付きの者を、もろうてくれるなんぞ、そこら辺にこんないい話はもうないぞ」
これを聞いた母は、
「なんかち言うと、すぐひも、ひもと孫のことをいう……」
と不満を呟いた。陰では何か言っても、結局は父の考えに従わされる私たちではあったが…… 私はどうしても父の言うことを聞けずにいた。数日後、又パトロンがやってきた。彼は私の気持ちを汲んで、
「せめて一度、見合いだけでも、してみたらどうですか」と言った。
その案に、父は熱心に乗った。私は(もう、この家では邪魔者なのだろうか)と、心が揺れた。
一方、「私のような子供つきの女性でも、嫁に欲しいと云う人がいるのね」と、まだ世間知らずの私は不思議に思った。この時の私は、二十三歳であった。とにかく見合いだけでもすることに、決まった。
ところが、いよいよその当日になって、パトロンが、改まって私に話さなければならないことが出来た、という。心なしか彼はかなり動揺しているようだ。
「一郎の両足に指がない」というのだ。私は思ってもみないことであったので、驚いた。
「見合いをする前に、正直に話しておきたい」
と言って、本人から今日、聞いたばかりだ、とパトロンは言った。生まれつきのものだそうだ。
このことが、私のこれからの方向を決めてしまったといっても過言ではない。
一郎というこの男が、このことを打ち明けるのは、どんなに苦しんだことであろうか。見合いの日の間際になるまで、悶々としたであろうことが伺われた。そこまでして見合いに臨む、私に対する誠意を感じた。もうこれ以上この人を傷つけることは出来ない。私の腹は決まった。
「よほどのことがない限り、結婚を承諾しよう」と思った。
パトロンのお宅で、お見合いは始まった。そこの応接間は、以前覗いたことはある。この立派な室は、更に新しいテーブル掛けや、洗濯の利いた真白い布がソファーに掛けてある。前に見ていた応接間とは、又違ったよそ行きの顔をしている。私とパトロンの寒野さんの間に、一郎は座って、ありきたりの話で和んでいる。
一郎は背が高く、面長の顔で鼻が又際立って高い。目は線のはっきりしない、目尻のしわでいくらか重みを添えている。口元は小さくキリッとしまっていた。話し声は、大らかでカラリと明るい。その声が、まさしくこの顔に足りないものの、バランスをとる役をしている。私の膝下には、彼の長い足が伸びている。