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道のない道=村上尚子=(28)

「あの靴の中の足先には指がないとは、どういう形をしているのだろう……」
 緊張しながら盗み見た。
「両足に指がないくらい、人間がまともなら関係ないじゃない」と自分に言い聞かせてもいた。
 
 結婚式は、イビウーナの町で行なわれた。私たちの知らない人間ばかりが、五十名くらい参加しているのは意外だった。こちらは、私たち家族のみ六名である。
 一応、形式的に仲人という人がいた。成松さんといって、やはりこの町の中に住んでいるのだそうだ。寒野さんとは同じくらいの年配である。式服の世話は、寒野さんの奥さんがしてくれて、
「結婚は二度目ですから、派手でもなく、地味でもないものにしましょう」
 と言って注文してくれた。青いくすんだような色でドレスが出来上がった。鏡を見た記憶がない。が、陰気な服ではあった。しかし結婚式の服として、あつらえて貰ったのは、後にも先にもこれが始めてのことであった。
 式場の賑やかな中で、私ひとりが違う想いに耽っていた。
 寒野さんには、色々ご厄介になった。車のない我が家に、彼が全て用事を足してくれた。週に一度か二度、あの山奥にやって来て、生活に必要なものを頼むと、こまめに運んでくれた。又、私が病気になったことがあったが、その時も何度も何度も病院へ連れて行ってくれた。ずっと嫌な顔ひとつせず、完璧に面倒を見てくれた。
 いくらメイヤとしての仕事だとしても、そのひとつひとつが取引上だけでは出来ない誠意を感じた。二世だそうだが、普通の日本人以上に日本人的であった。父が一度、力を入れて私に言ったことがある。
「家ほどいい所は無いぞ。世の中に出てみろ。どんなに大変か」と。
 けれども日本から移民としてやって来た私は、父とは比較にならない、立派な人に、二人も出逢った。

 二度目の初夜である。私たちの寝室は、バールの裏になっている。古びた室に、古いダブルベッドが収まっている。何か生前の奥さんが、そこに立ち塞がっている感じがした。右手には、薄汚れたガラス窓がある。夜の街の灯りが曇ってさしこんできている。
 一郎が意識しているはずの、あの足のことを思うと、私は全身が固まった。彼の足先に触れたら気まずいし、あまり気を使い過ぎるのも又、彼にそれが伝わるはずである…… この難しい状況を早く終わらせたい。
 そういった恐ろしいほどの気遣いと緊張で、初夜が終わった。ただ意外だったのは、一郎の方がリラックスして明るかった。後で考えてみると、あの晩どうやら一杯ひっかけていたらしい。
 この再婚により、急に家族が増えた。長男の信 十歳と、長女の友子 三歳で、合計五人家族となったのだ。
 ただ何もかも終わって分かったのは、一郎の年であった。何と私より十二歳も上であった。

 表のバールからは、一日中人声が入り乱れていて、ひときわ声の大きい一郎が客へ「まだ生きとったか」とからかっているのが聞こえてくる。私は家事一切をやれば、バールには出なくてもよかった。今までより食生活は楽になったが、自分の家とは思えなかった。食費なども頼めば、言うだけは出してくれるが遠慮した。