いくら友人でも、そこまでお節介なことを言うだろうか……あの明るく躍動していた「円苔」が、丸ごと屍になってしまったように見えてくる…… 惨めであったー
結局、「円苔」の権利を売りに出した。まあまあの値がつき、ベテランのママさんが買ってくれた。後にこの件について、そのママさんの言ったことが、他の人を通して私の耳に入ってきた。
「何もかも、みごとに(店の中の品を)置いて行ってくれた……」
考えてみれば、下の倉庫には、ビールや酒類が一ヶ月分積んであったし、階上の店内には、冷蔵庫の中まで食品が詰まっていた。布巾の一枚に至るまで、そのままで、私だけが抜けるように出たのであった。
ある日、私が毎日退屈でつまらないことを、友行に洩らすと、
「いつか、あの人たちのように、編み物をしたいと言ったじゃないか。今こそそれをやったらどうか」
不思議なものだ。出来るようになるとしたくもない。出来ないからしたかったのだろうか―しかし他に理由もあった。
友行の会社が、危ないというのだ。もう何人もが首を切られているらしい。この時期、ブラジル全体に不景気が襲って来ていた。
「オレは技術者だから、オレを首にする時は、それは会社が潰れる時なんだ。心配はいらないよ」
と、彼は言うが、次々と行なわれている首切りの人数が半端ではない……
編み物は、何の心配もない主婦の、暇潰しであって、あんな風にのどかに生きたいということなのだ。
友行と結婚して、四ヶ月目に、まさかと思っていた彼の会社が倒産した。最後の首切りは四十名、その中に友行の名前も並んだ―これで私たちは、二人とも無職になった。友行は技術用(建築)の本を山のように持っている。どこに住んでもこの本だけは、手放さなかった彼が、これを売ろうと言う。
「半分の値段でもいいよ……」
こんな物が、一般のブラジル人に売れると思っている、友行の世間知らずには呆れた。
「これは高価な本だろうけど、こんな専門書は半値どころか、ただでも売れないよ」
と傷つけないように言った。
下 宿
私は、とにかく何か仕事を見つけなければならない。
『円苔』も売ってしまったし、いったい何をしたらよいか……ふと思いついたことがある。
「そうだ! 高級下宿というのをやろう!」
あの食堂の資金を貸してやった、T子は以前、高級下宿というのをやっていた。下宿人は、日本から派遣されてくる商社マンたちである。友行も賛成して、さっそく近くのグロリア街に、アパートを見つけた。二階に二軒、三階に二軒、合計四軒のアパートを借りて、保証金を積んで契約した。すぐにベッドやカーテン、大食堂には大テーブル、大きな冷蔵庫やその他の設備を整え、下宿を始めたのだ。各アパートは二部屋から三部屋あり、一部屋に一人入ってもらう。