10年余り前、まだサンバチームで打楽器を叩いていた頃、カーニバル前になると夜通し行われるバイロ(地区)のフェスタにバテリア(打楽器隊)の一員として招待され、時々、演奏していた。あるとき、サンパウロ市モッカ区の公道を通行止めにして舞台を作り、本格的な音響機材をそろえた深夜のフェスタに出た▼演奏前の待合室にはフルーツやサウガードが用意されて食べ放題。チームのメンバーが口々に言っていたのは「今回のフェスタはPCCがパトロシナ(資金提供)しているから、待遇が良い」という言葉。舞台に立つと、深夜にも関わらず、数えきれないほどの若者の熱気でムンムンしていた▼リオのファベーラではなく、東洋街のすぐ近くのサンパウロ市セントロのことだ。PCCというのは庶民にとって、麻薬密売を仕切る怖い存在だけではなく、娯楽や恩恵も施す一種の「行政組織」だと実感した▼そのPCC派を弾圧する形の暴動がマナウスの刑務所で1日に起き、200人近くが脱走し、56人の囚人が首を切られるなどして殺された。あまりに血なまぐさい年の始まりにゾッとした▼4日付エスタード紙「ファミリア・ド・ノルテ(FDN)は首切りを撮影、映像を公開」記事を読んで考え込んだ。まるで自称「イスラム国」と同じだからだ。「首を切り、銃殺する映像を撮影してネットで公開」というのは中東の遠い国での出来事だと思っていた▼同記事によれば、今回の暴動では、切った首を見せびらかす携帯電話で撮影された映像が、少なくとも3つはWhatsAppなどで公開された。撮影者のナレーション付きで3分間ほど。「首切り」は敵対グループを脅す手段として、ブラジルではPCCメンバーが1999年のタウバテ刑務所暴動で始めた手法だとある▼その時、初めて首切りを実行したのはPCCのジョナス・マテウス囚人で、彼の本業は食肉解体職人だったというから「本職の技」だ。当時はPCCがサンパウロ州を統一する前で、敵対グループCRBCの創立者らの首を切った。暴動終結のための交渉にきた司法関係者の足元に、その首を投げたというからおぞましい▼FDNは今回の暴動で初めて大きく報道され、有名になった。この種の犯罪組織にとって有名になることは仲間を増やし、相手を脅すために重要だ。サンパウロ州拠点のPCC最大のライバル組織は、リオのコマンド・ヴェルメーリョ(CV)だ。FDNはアマゾナス州の囚人1万人の98%が属する地域覇権を持つ組織で、CVの親派として今回PCC派を虐殺した▼一連の記事を読んでいて、司法関係者が昨年、マナウス刑務所を視察して「所内を仕切っているのは、国でなく犯罪組織の方。導火線に火のついた火薬樽と一緒。何とかしないと、いずれ大変なことになる」と警告していた事実に唖然とした。予告された惨劇だった▼もしブラジルが何らかの国際紛争に巻き込まれ、敵対国がブラジル内に内戦を起こそうと工作した場合、PCCやCVに武器と資金を与えて、自称「イスラム国」のように振る舞わせれば簡単に目的を達成できる―と怖くなった。麻薬売買を資金源とし、「米帝国主義の略奪からの開放」などと南米らしいボリヴァル政治思想を付け加えれば、自称「革命組織」の出来上がりだ▼おもえばトルコのイスタンブールで大晦日に起きた銃乱射テロ事件では39人が死んだが、マナウスの方がはるかに多い。向こうは「イスラム国」が犯行声明を出した「政治テロ」として世界中で報道されたが、こちらは日常の延長でローカルな「ただの暴動」―でも国民にとって、どちらがヒドイか…と考え込んだ▼アマゾナス州の囚人に月々かかる経費は一人当たりなんと5867レアル! それが公教育に投資されていれば、どれだけの子供に明るい将来を与えられることか。この種の暴動により囚人への「投資」が更に増やされる。我々の税金をドブに捨てるのはいい加減、止めてほしいとつくづく思う。(深)