私の会社の話に戻る。定刻に出勤しているのに、すでに仲間たちは来ていて、社内の掃除をしている。「そうか、言われなくても早めに出て来て、掃除をするのだな……」
日本ではこうするのか。次の日から、みなと同じように早めに来て、掃除をした。誰も言ってくれなかったので、私ひとりが、横着者になるところであった。
それからしばらく日が過ぎた頃、今度は仲間の一人が集金に来た。
「あのう、年末に上司へ私たち一同で、お歳暮をすることになりました。一人の割り当ては、○○○円です」
当然、私も金を出すものと決め付けて、用紙とペンを持って、割り当てを受け取る用意をしている。
「そんなにですか」
「…………」
冗談ではない。たかが九万円の月給、引くの○○○円……何のために働いているのか分からない。
「すみません、私はお金出しません」
と、勇気を出して言った。同じように、このグループに入らないという人がいた。その女性は、個人的にもっと上等の品を贈るのだそうだ。そうこうするうちに、今度はお寺から年末には立派な品が、みんなに届くのだという。そのお返しは、一万円から二万円が相場であるとのこと。
ああ、九万円引く二万円……私は行動に出た! こんなバカな習慣、せめて私だけでも止めたい!
随分、ここのお母さんとは親しくなっている。寺へ行って、私は少し甘えた声で、彼女に言った。
「お母さん! あのね、今年のお歳暮、私にはくれないで欲しい。私も上げないから……ね!……」
お母さんは言下に言った。
「だめ!」 叱るようなきつい声……だが、腹から怒っていないのは分かったが。ああ、へんな日本!
友行とは、成行き上、夫婦の形に戻って暮らしている。私の本心が、まだブラジルへ戻りたいのかどうか、彼は見守っているらしい。それにしても早くも日本に来て、二年になろうとしている。私がここへ来る前から、友行には、付き合っている女性がいるらしいことが、最近分かった。時たま疑問に思える節があったので、聞いてみると、やはりそういうことであった。しかし、無理もなかった。何も感情的にはならない、が、夫婦としては隙間風が吹いている。そろそろ私もブラジルへ帰る心づもりは出来ている。
そんなある日、ブラジルの父から手紙が届いた。内容は、母が亡くなったこと、父が一人で寂しいので、私にブラジルへ帰って来て欲しいことなどであった。これに対して、私も帰る気があることを、手紙に書いた。
そして、ここに二度目の父からの手紙が、手許にあったので、書き写してみる。
五月十五日付御手紙、三十一日に受取りました。普通便で大体一週間で着く筈なのだが、今度は郵便ストのため遅れました。近況を述べます。
五月二十八日、遂に卓二(一番末の弟)と意見が衝突して、卓二の家を出ました。何事によらず、紛争の原因は簡単、雇っていた女中を、私がイビリ出したというのがきっかけで、論争となり、面倒だから私の方から身を引くことを宣言して、直ちに元の自分の家に引き揚げた。