私は今、解剖実習のためにアメリカのアリゾナ州フェニックスに滞在しています。化学薬品で防腐処理されていない冷凍のご献体なので、体の組織がこう着や萎縮を起こしていません。
以前から、ずっと知りたかった事や調べてみたかった事の答えが、次々と得られています。ドナーの方々に感謝の意と敬意を払いながら、この経験を今後の治療と運動療法に活かしていきたいと思います。
【20年止まったままの腰痛診療】
エジプトに滞在しているはずだった9日間が、病院巡りとなったわけですが、幸いにも知人による助けで、3名の著名な脊椎外科医の診察を受けることができました。3名ともMRIの画像所見を見て、「間違いなく、椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛」という診断でしたが、一人も手術を勧めてきませんでした。
一般的な外科医だったら手術を勧めてもおかしくない状態なのに、あえて保存療法を推奨してきたことに感心しました。
一方、診察室で行われた検査は、神経学検査、筋力検査、反射検査の3種類のみで、所要時間はたったの2分間でした。腰痛の本質的な原因を探るためには、既往歴、職業、スポーツ歴、ライフスタイルの問診から始まり、姿勢検査、歩行分析、呼吸パターンの他に、屈み方、しゃがみ方、ねじり方といった機能的な検査も実施する必要があります。
しかしながら、患者の体に指一本触れることなく、パソコンに向かって患者のデータを入力しながら、診断をしてしまう医師が山ほどいるのが現実です。
日本の医療は、健康保険がベースとなっているため、一人当たりの診察時間に数分しか割けないのは仕方がない面もありますが、数分間であっても、もっと必要な情報を沢山得る方法はあるはずです。
「腰を診て人を診ず」。既存の悪しき診療形式が変わらない限り、今後も医療機関では「腰痛は原因がわかりにくい症状」であり続け、「不要な手術」を受ける患者と、治るはずの腰痛を慢性化させてしまう人の数は減らないことでしょう。
【ヘルニアがあっても痛くないのは、なぜ?】
脊椎外科の診察を受けて、新しい発見も幾つかありました。なかでも「椎間板ヘルニアがあっても、痛い人と痛くない人がいる」また、「なぜヘルニアが神経を圧迫しているのに、1カ月位経つと症状が緩和するのか」という疑問に対する答えです。
その内容とは、●ゴチ始め●「飛び出した椎間板や変形した骨が、脊髄や神経を落ち潰していたら、痛みや痺れが発症しないケースはほとんどない。無自覚だとすれば、それは神経の病変。写真には神経が圧迫され、映っていても、まだ神経が逃げるスペースがある場合は、症状が軽度で済むこともある」●ゴチ終わり●
また、椎間板ヘルによって眠れないほどの痛みや、数十メートの歩行が困難になっても、暫くすると症状が治まって歩けるようになるのは、●ゴチ始め●「神経の炎症が治まると、神経の腫れがひいて圧迫されなくなる。患部周辺に分泌された炎症物質が吸収されて痛みが改善する」。●ゴチ終わり●
今回の激しい腰痛を経験して気づいた事は、神経に炎症が起きてしまったら「時間薬」による効能を辛抱強く待つこと。変形してしまった骨やヘルニアが復元されることは滅多にないが、日々のセルフケアによって再発させずに暮らしていける方法があるという事です。それついては、次の号で詳しくご紹介します。
【プロフィール】
伊藤和磨(いとうかずま)1976年7月11日生まれ 東京都出身
メ ディカルトレーナー。米国C.H.E.K institute 公認practitioner。2002年に「腰痛改善スタジオMaro’s」を開業。『腰痛はアタマで治す』(集英社)、『アゴを引けば体が変わる』 (光文社)など14冊を出版している。「生涯、腰痛にならない姿勢と体の使い方」を企業や学校などで講演している。