メキシコとの国境に壁を作るというトランプのナショナリズム政策、シリアの難民問題、英国のEU離脱など世界情勢は大激変しているが、その根幹に共通してあるのは「移民問題」だ▼日本国内でも身の回りに外国人がどんどん増えている。コンビニの店員はもちろん、学校にはどこのクラスにも最低一人、二人の外国人児童・生徒がいる。どうしてこうなったのか? そして「外国人とはどんな人?」「移民って何なの?」という疑問が、日本在住者にも切実になってきている▼そんな「外国人」や「移民」を日本人が理解するのに、最も分かりやすいのが日本人移民であり、その血筋から広がった日系人の事例ではないか。「日本の外縁」とか「日本人の延長」的な存在だと思うからだ。でも日本の学者は「移民問題」を研究するのに、米国在住のメキシコ人不法労働者や、ドイツのトルコ人コミュニティを真っ先に調べたりする。どこか「足元」を見ていない感じがする。いきなり外国人の事例を調べるのは、素振り練習の積み重ねをしないで、いきなりホームランを狙いに行く打者のような感じがする▼日本人は109年も前からブラジルに25万人も移住しており、そこでコミュニティを作って今では190万人に増えている。彼らの大半はもう二世以降、六世までいる。つまり、外国人だ▼そこでは、最初「日の丸」一色から始まって、徐々に緑黄色のブラジル国旗に変わっていく、一世紀がかりの壮大な歴史的グラデーションを描いている。日本人の延長に外国人たる日系人がいる。その過程、動態を見れば、日本人の両親から生まれた子供が、外国で育つと何がどう変わるのかが分かる。移民とその子孫の人格形成を知ることで、日本人と外国人がどう違う存在なのかが、肌感覚で具体的に分かる▼そうやって日系人を理解することが、日本人が国際化する上で一番わかりやすい道筋ではないか。事実、ブラジルだけでなくアメリカも移民国家であり、その積み重ねで成り立っている▼そんなブラジル日本移民の歴史のハイライトは、間違いなく勝ち負け抗争だ。第2次世界大戦の終戦を巡って勝ち組、負け組にコミュニティが分断し、20数人が殺し合う紛争に発展した▼これは、日本の歴史の延長であると同時に、ブラジルの近代史でもある。「日本の敗戦を信じられなかった狂信者の話」と一言で片づけられる問題ではなく、両国の社会心理学、異文化適応など種々の立場からじっくりと研究されてしかるべきテーマだと思う。なぜ起きたのか、どうやって起きたのか―という問題の根底には、現代に通じる「移民問題」がある▼生物学の実験手法で、プレートに培地を作って細菌の群生を移植し、どの菌がどのように増えるかを見るものがある。日本社会の一部をすくい出して、ヨーロッパ文明を基調とした「ブラジル」という培地に植付けて、100年がかりで培養したのが、ブラジル日系社会だ。「日本人」種が、ヨーロッパ文明の中で、どのように振る舞うのかを経年観察し、その過程を一つ一つ解き明かしていく行為が「ブラジル日本人移民史」だと言えよう▼「日本人」という菌は、培地にもともとあった圧倒的に優位な「ブラジル人」種と格闘をくりかえして、DNAをできるだけ保存しようとしてきた。どう培地と格闘し、根付いていったのか。その「格闘」の代表的なものが、勝ち負け抗争だった▼秋田県にある無明舎出版は、本紙の勝ち負け抗争の連載を集めて、書下ろしの解説を加えた『勝ち組異聞』を2日に日本で発売した。「移民史」関連の本を出版してくれるところは、ごく少ない。移民に理解を持つ、実にありがたい出版社だ。エリートではなく、「一般庶民が外国に骨を埋める」という経験は何なのか――文化人類学、社会学、異文化適応、社会心理学、ブラジル近代史、移民問題に関心がある人にも、ぜひ手に取って欲しい。(深)