ブラジル最高裁は18日、1987年のサッカーの全国選手権優勝チームを、スポルチのみとする判決を下した。
ブラジル全国選手権はこの年、フラメンゴ、ヴァスコ、フルミネンセ、ボタフォゴ、サンパウロ、コリンチャンス、サントス、パルメイラス、クルゼイロ、アトレチコ・ミネイロ、インテルナシオナル、グレミオ、バイーアの13チームがCBFと対立し、独自の大会コパ・ウニオンを開いた。一方、CBFがこの13チームを抜いて全国選手権を開催したところ、優勝したのがペルナンブッコ州のチーム、スポルチだった。
コパ・ウニオンを制したリオの名門、フラメンゴは「真の勝者は我々だ」と主張。CBF側はスポルチとフラメンゴによる優勝決定戦を呼びかけたが、フラメンゴが拒否していた。
翌年は13チームがCBFと和解したため、混乱はこの年だけで収まったが、87年の優勝チームはどちらかという問題は残り続けた。94年にブラジルスポーツ裁判所はスポルチを唯一の勝者とし、2011年にCBFは両チーム優勝とした。
この問題の審議は最高裁にまで進み、2014年に、再度スポルチの単独優勝との判断が出たが、フラメンゴが上告した。
注目の再審は2016年に行われたが、報告官でフラメンゴファンのマルコ・アウレーリオ・メロ判事がスポルチに票を入れた時点で、ルイス・アルベルト・バローゾ判事が内容見直しのための審理差し止めを求めた。
だが、今月5日に同判事が審理再開を求めたため、18日朝、判事投票が再開された。
その結果、スポルチは3対1で正式に87年の単独優勝チームとなった。フラメンゴの言い分を認めたのは自らもフラメンファンのバローゾ判事のみで、アウレーリオ判事、アレッシャンドレ・デ・モラエス判事、ローザ・ウェベル判事がスポルチ単独優勝に票を投じた。
また、ルイス・フクス判事は、自身の息子がフラメンゴの顧問弁護士をしている立場から、審理に参加しなかった。
スポルチとフラメンゴは共に赤と黒の横の縞模様をイメージ・カラーにしたチームで、遠めには区別がつきにくいほど似ているが、チームの成り立ちは全く違う。
フラメンゴといえばリオを代表する古くからの強豪でブラジル一の人気チームだが、スポルチが全国的に誇れる輝かしい実績はその87年の優勝だけ。ここ3年は全国選手権1部に定着しているが、その前は1部と2部の間で降格と昇格を繰り返すチームだった。
スポルチ側は判決後、公式ツイッターで「これで文句なしに、87年は私たちのものとなった」と歓喜の宣言を行った。
一方、フラメンゴ側は正式な声明を出さなかったものの、87年のコパ・ウニオン制覇の立役者でもあった伝説の名選手ジーコは以前から、「僕たちは87年のブラジル全国選手権の勝者だよ」と、ことあるごとに主張し続けていた。なお、87年のフラメンゴは、ジーコ、ジーニョ、ベベト、レナト・ガウーショ、ジョルジーニョ、レオナルドとスターぞろいのチームだった。
コパ・ウニオンを構成した13クラブは87年以前も、その後もほとんどの国内タイトルをとっており、実力的にはフラメンゴの優勝が妥当なところだが、「CBF主催大会を制したのはスポルチ」との理論を、判事たちは支持したようだ。
また、「フラメンゴの優勝を認めると、今後、リーグを抜けて独自の大会を開き、優勝だと宣言するチームが出るかもしれない」との懸念も判事たちには働いたか。(18日付グローボエスポルテより)