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 三信インターナショナルの三宅信史代表は「今まで映画製作に10回携わったが、実際に公開までこぎつけたのは3作品だけ」と話し、「企画段階まで進んでも現実には色々な問題がでてくる」と苦労を滲ませた。ただ、『0からの風(vento do Zero)』(07年、塩屋俊監督)がサンパウロ国際映画祭の招待作品になるなど、製作に関わった作品の評価は高い。ドナ・マルガリーダの映画については「ずっと構想を温めていた」と話し、それだけに一段と気合が入る。ドナ・マルガリーダの功績を広く世に伝えるためにも、ぜひとも公開までこぎつけてほしいものだ。
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 ソロカバから来た坂田レイコさんの父は、福島県双葉郡浪江町出身だという。メルトダウンした福島原発が立地した町だ。「津波と放射能のダブルパンチ。ニュースを聞いた父は、『これで故郷がなくなってしまった』とすごく悲しんでいました。浪江に住んでいた従兄弟たちも、みな他の町に移ったそうです」とのこと。お父さんはその後、他界されたとか。あの世で、故郷の旧友たちと懐かしい再会ができていたらいいが。
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 日伯協会(三野哲治理事長、兵庫県神戸市)の会報『ブラジル』975号が編集部に届いた。巻頭記事はジャパン・ハウスで、ファサードの地獄組みを施工をした中島工務店の原正成さんによる工事参加体験を書いた寄稿も。「移住ミュージアムだより」には、少女時代に神戸移民収容所の近くに住んでいた黒崎由紀子さんの短歌《去る者と残る者とがすれ違う坂道あの日も蝉時雨して》にまつわる最近のエピソードがあった。黒崎さんが人づてに、同ミュージアムの展示に自分の短歌が展示されているのを聞き、自ら見に来たそうで、「この歌は、幼いころを振り返って回想した一首」などのコメントを残していったとか。有名な神戸の移民坂を詠った心に沁みる一首か。