1908年(明治41年)6月18日、笠戸丸に乗った最初の日本移民781人がサントス港に上陸して109年の歳月が流れました。今や、ブラジルに於ける日系社会は190万人を擁する大きなコミュニティーに発展いたしました。この間の先達の皆様方の幾多のご労苦とご功績に対し、深甚なる感謝の念と敬意を表したいと思います。
この間、約1世紀余り、日本移民及びその子孫たちは農業分野での目覚しい貢献のみならず、工業、商業、政治、芸術文化、教育等々のあらゆる分野において、日本人特有の誠実さと勤勉さと不断の努力によって社会の発展に大いに寄与し、今日ではブラジルにとって、なくてはならない存在として確固たる地位と信頼を築き上げております。
今や日伯関係は新たな段階に入っており、これまでの協力関係から、両国にとって、共にウィン・ウィン(互恵)となるような連携関係の構築が求められております。
今年4月にはパウリスタ大通りに日本政府の文化広報施設ジャパン・ハウスが開館し、日本の伝統文化と最新テクノロジーを全世界に紹介するオールジャパンの情報発信基地としての役割が大いに期待されております。
移民110周年を来年に控え、日伯関係の更なる深化と緊密化に向けて、両国の官民一体となった新たな取り組みが必要不可欠であります。
さて、サンパウロ日伯援護協会(援協)は1953年から始まった日本人戦後移住の最盛期を迎えて、長い船旅で疲弊してサントス港に上陸する移住者たちに休息と宿泊の場を提供したいとの強い思いから、1959年1月にサントス港の近くに⎾移民の家⏌が開設されたことに端を発しております。
それから今日までの58年間、援協はブラジル日本移民の歴史とともに歩み、拡大・発展してまいりました。日系社会及び関係機関、関係者の皆様のご支援のお陰で今や、援協は5つの医療施設、7つの福祉介護施設、総職員数約2千人を擁する日系社会最大の団体に成長いたしました。
その間、援協はブラジル政府公認の公益福祉団体として、福祉及び医療分野において高齢の日本人移民の方々はもちろんのこと、日系社会及びブラジル社会における経済的、社会的に恵まれない多くの人々に救済援護の手を差し伸べてまいりました。
そして援協は今後も、創立の理念であります⎾社会的弱者の救済援護⏌の精神を忘れることなく、誠実に実践し、名実ともに日系社会の中核団体として日系社会のみならず、ブラジル社会にも、しっかりと貢献していく所存であります。
最後になりましたが開拓先没者の方々の偉大なる、ご功績は日系社会のみならず、ブラジル社会の中で未来永劫、生き続け、輝き続けるものと強く確信しております。
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