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数十年に一度の大仕事『ブラジルの大地に生きる』

『ブラジルの大地に生きる』の表紙

『ブラジルの大地に生きる』の表紙

 コロニア人物紹介本で、これほど網羅した本はもう二度と出版されないかも――このほどサンパウロ新聞から出版された『ブラジルの大地に生きる』(392頁)のことだ。なんと2年半かけて北はアマゾンから南は南大河州まで、靴をすり減らして歩き回って120人も取材した労作だ。
 うち100人を担当したのは松田正生記者だ。彼にとっても、一生一代の大仕事になったのではないか。昨年百周年を迎えたブラジル邦字紙業界においてもメルクマール(道標)といえる一冊だ。
 移民史といえば、ついつい近場のサンパウロ州、パラナ州あたりに偏ってしまいがち。ところがこの本は北伯、北東伯だけで32人、南麻州6人、南大河州19人だけで半分を占める。従来なかなか手の届かなかった、サンパウロ市から遠方に住む移民・日系人に焦点を当てて取材したもの。
 サンタカタリーナ州が入っていないのが残念だが、それでも邦字紙史上まれなほど、日本の23倍の広い国土を歩き回って汗をかいたことは高く評価すべきだ。
 これに匹敵するのは移民50周年で刊行された『輝ける人々』(サ紙、1959)や『ブラジル日本移民人国記』(池田重二著、日伯文化出版社、58年)、同60周年の『在伯邦人産業文化躍進の六十年』(池田重二、サ紙)など多くない。数十年に一度、それぐらいの大仕事だ。
 かつてのこの種の人物紹介本は、経済的に豊かな成功者だけを取材して費用をもらって出版することが多かった。80年代までこの種の出版事業はいくつかあったが、90年代以降、パッタリなくなった。今から100年後の研究者が見た時、90年代以降に活躍した人物をまとめて本にしたものは多くない。
 今回の松田記者の本は、純粋に取材価値のある人物だけを選んだという点で、いままでの出版事業系の本とは一線を画す。だから、資産家でもなく、有名でない人も含まれている。記者が移民史として残す価値があると判断した人だけが掲載されている。
 同書の前書きには、こうある。《社会的に有名である人も、そうでない人も、不器用で回り道をした人も、一人ひとりがブラジルで自身または家族の生活を築いています。その歩みを少しでも記録に残せたらとの思いで取材を進めました。(中略)それぞれの土地で日本人・日系人が地域の発展に貢献してきた。その功績は、日本の人は知らなくても、それらの地域の歴史に確かに刻まれています》。
 残念なことに250部しか印刷しておらず、数多い関係者に謹呈すれば、一般読者に販売できる冊数は百冊あまりしかないようだ。この本は日本側の移民史研究者には必携の史料になるし、早々に売り切れる可能性がある。
 バストスの阿部五郎さん(二世)の回の締めくくりには、次の世代への期待として「私たちが子供の時に教わった、他人に迷惑をかけない、親の顔に泥を塗るなといったこと、そういった財産を持ち続けてくれたら十分」(276頁)と書かれている。さらに「これが一番大きな財産だと思う。一世が夢見てきたブラジルに金の成る木はなかったけど、残した遺産には大きなものがあった」と締めくくられている。その阿部さんは先日、サントス厚生ホームで亡くなった。
 「最後の日本兵」小野田寛郎さんの回も興味深い。コロニアに関して《「皆さん苦労している。その点見上げたもの」。独立独歩で新天地の生活を切り開いた人たちの足跡から、今の日本に伝えられるものがあると話す》(305頁)とあり、斎藤準一空軍大将の存在をそのシンボルとして挙げ、《100年たって日系人がブラジルの国、国民から本当に認められたということ》と語っている。
 二世にその国の軍のトップを任せる―とは、そういうことなのだ。行間からいろいろなことを考えさせられる本だ。(深)