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どこから来たの=大門千夏=(51)

 エジプトのツタンカーメン王の王冠にはちゃんと蛇がついている。蛇はある種の「力」、神通力を持っているから、これをつけることで王としての威厳を高めていたわけで、いずれにしても太古の昔から「蛇さまさま」なのだ。
 知人に「蛇大好き婦人」がいる。親指くらいの細い蛇を飼っていて、行くと、「ね、かわいいでしょう。触ってみて」と言う。いやに冷たい動物で、いくら私が巳年生まれといえど気持ちの良いものではない。
 反対に母の友人、斉藤夫人のように「蛇」と聞いただけで飛び上がるほど嫌いな人もいる。わが生涯で出会った最高の「蛇ぎらい婦人」である。
 ある日、あなたが蛇年なら貰っていただきたい物があるから、ぜひとも家に来てくださいと連絡があった。ぐずぐずしていると早く早くと催促の電話まであった。
 額と鼻の頭にいつも大汗をかいているよく太った大柄な人で、おっとりした、いつ見ても和服姿の上品な日本婦人だ。
 ようやく伺うと、「息子が土産にくれたものがあります。でも私の一番嫌いなもので、部屋の隅に置いたままで、見ることも触ることも気持ち悪くて、その上恐ろしくて夜も眠れません。一日も早く持って帰っていただきたくて」そういって広い座敷の隅に緊張して座っている私に、「あなたならきっと、もらって下さいますわよね」そう念を押してから、着物の衿の合わせ目に両手を重ねて、何か祈るような、覚悟するようなしぐさを数秒してから、隣の部屋に消えた。
 しばらくすると、ふすまがそおっと少し開いた。薄茶色の丸い棒の先が現れた。アレ和箒の柄だ。
 ニシキヘビ革のまだらな茶色のハンドバックが棒の先にぶら下がって、ゆらゆらしながら出てきた。こんどはふすまの間から着物姿の夫人が、日本手拭いでくるんだ箒の穂先をしっかりと両手で横抱きにして、少し腰を落として、眉間には縦じわを作り、眼は一点に集中して真剣な顔で、ハンドバックが滑り落ちないように、箒の柄が水平になるようにして一歩。…また一歩。
 あっけにとられている私の目の前で箒の柄の先が止まった。 ヘビ革の大きなハンドバックが目の前でブランブランしている。
「さ、どうぞ」
「……」
「さ、はやく」
「……」
「遠慮なさらずに」
「……」
 手を伸ばした。ハンドバックはズシリと私の膝の上におちた。
 夫人はへなへなと気が抜けたようにその場に座り、袂から大きめの風呂敷を出し、
「さ、これで包んで廊下において来てください。はやく」
「ああ…やっとこれで、久しぶりに今夜は部屋でぐっすりと眠れます。(と、大きく息をして)ありがとうございました」と鼻の頭と額の大量の汗をぬぐいながら、心から礼を言ってもらった。私はどぎまぎしてやたらと頭を下げた。
 このハンドバックは、以来私の一番のお気に入りとなり長いこと愛用した。それからは蛇年生まれが蛇皮の品を持つと、運勢が良くなるんだと勝手に解釈して、靴までそろえて嬉しがったものだ。
後から思うと、確かにこの頃がわが生涯で一番良い時代だったんじゃあないかしら。
 数年後ブラジルに来ることになった。かれこれ四〇年前のことだ。リオに着く直前に船の中で夢を見た