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どこから来たの=大門千夏=(55)

 薄汚い男たちが手に手にコップを持ち、あるいはピンガ(サトウキビからつくる蒸留酒)の瓶を持ってじっと車を見ている。酒飲みの最中だったのだ。金曜日の夜はサラリーマンと同じ、気分が解放され同僚どもが集まって酒飲み会をするのだろうか。さしづめ今夜は「乞食の宴会日」か。
 おそるおそる車を降りると、途端にホホを刺すほどの冷たさが襲ってきた。この寒さでは乞食だって生きてゆくのは大変だろうなとチラと考えたが「同情は禁物」と自分を制して、――強盗に早変わりすることはない、大丈夫大丈夫、落ち着け落ち着け。自分に言いきかせ、まずは彼らを睨み付け、一呼吸してから、「何をしている。ここは私の家よ! 誰の許可でここにいるの」と、できるだけ太い声を出して威厳をみせた。
 しかし「ただ飲んでるだけだ、何も悪い事はしていない」中の痩せた男が私を見てバカにしたように言った。小さい女に警戒心はまるでないようだ。
 「あと少しで終わるんだ。そうしたら皆、帰る。いいだろう」男はニヤニヤしながら片手にピンガの入った瓶を振って見せた。
 「ここに度々集まって飲んでいるんでしょう。厚かましい。ははーん、ここでおしっこをしているのはあんたたちだね」腕組みして顎をしゃくって威圧的に言った。
 「いや、そんなことはない、ここでしたことはない」毛布を頭からかぶった男があわてるように言った。
 「嘘言って! この前もここに大便がしてあった。誰が掃除すると思ってるの、私よ! これ以上お断り。さあすぐに帰れ!」我ながらいささかお低級かなと思いながらも声を張り上げて叫ぶと、男どもは手にコップを持ったままぐずぐずと立ち上がり、顔を見合わせて、それでもまだ去ろうとはしなかった。
 「いやなら今すぐに警察をよぶよ」と叫ぶと、なんと警察という言葉にあっけないほど簡単に、右や左に走り去って行った。
 無精ひげを生やした大柄の男が一人残った。
 立ち上がることもせず、左足を投げ出して、そのままじっとしている。目の粗いよごれた横じまのセーターを着て、固い表情をして私をまっすぐに見ている。
 「あんたは何ぐずぐずしているの、すぐに帰って、早く早く」威張ってまくしたてた。
 「待ってくれ足をけがしているんだ。一人では歩けない。もうすぐ連れあいが来るからそれまで待たせてくれ」低く落ち着きのあるはっきりした声で言った。
 「つれあいが来る? いつ来るの、ウソでしょう」両手を組んで横柄な口のきき方をしている私。
 「いや本当だ。もうすぐ来る。待たせてくれ、頼む」腹の底から唸るように哀願するように言った。
 軒下の電灯がぼんやり男を照らした。まだ五〇代にちがいない、顔形の整った穏やかそうな顔があった。この男なら強盗に早変わりすることはないだろう。少し安心した私は車からショールを取り出し肩にかけ、人通りのない歩道に出ていらいらと右や左に歩きまわった。静まり返った深夜の街にブーツのヒールが突き上げるような乾いた音を響かせていた。
 夫がいてくれたらこんなことに会わずにすんだのに、と、いつものようにどうにもならない愚痴をぐずぐずと思いめぐらすのだった。
 しばらくすると向こうの四つ角にぼんやりとそれらしい人影が現れた。女は道を斜めに横切って、まるで熟知の家に帰って来るみたいに、まっすぐ我が家に向かった。「勝手知ったる宴会場」ってわけか。