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どこから来たの=大門千夏=(87)

 私に買えなかったあのルビーを、この若い娘がつけてオートバイに乗って郵便局に向かう。朝っぱらから。なんだか小娘に馬鹿にされたような気分になる。これって嫉妬心かな?
 しかしこの国で五〇〇ドルと言うと大変な金額である。私たちはこのサイカーの運転手を一日中雇って、自転車の主はその細い足で一日中ペダルをこいで四ドル。それでも彼はめったにない収入だと言って大喜び感謝感激しているのだ。公務員の一ヵ月分の給料が一五ドルである。こんな経済状態の国で五〇〇ドルは庶民の手に出来る金額ではない。
 なぜこんなルビーをしているのだろうか? 朝の一〇時と言うのに…常識を外れているとしか思えない。おかしい、何か意味があるのだろうか…一体なんだろう?
 吉田君は美人と会話ができて有頂天になっている。盛んにどこで生まれたのか、日本は初めてですか、何を専攻するのですか、じっと見つめて返事をしてくれるこのミャンマーの美しい女学生にすっかり魅了されているみたいだ。
 「この封書、日本に送るのに五〇ドルもかかるんです。ものすごく高いでしょう!」
 私も知っている。外国に出す郵便代の高いこと! その代り国内はただのように安い。
 「へーそんなにかかるんですか…高いですねーケシカラン。アー残念だなー僕がすぐに日本に帰るんだったら持って帰ってあげるのに。ホテルにいる日本人、誰か帰る人居ないかなー」と真剣に考えている。彼はどこまでもやさしい。
 「あちらの方は?」と私がオートバイを運転していた男を眼で追って聞くと「父です」と返事した。何か私の胸の中に冷たい空気がさっと吹いたような、急に恐怖感が湧きあがった。
 「さあそろそろ行きましょう。貴女も早く郵便局に行った方が良いわよ」と冷たく言った。吉田君は私の声に多分にムッとして、それでも彼女には明るい顔をして、「今度は日本で会いましょう」と言った。女はまだ未練そうにもう一度吉田君に向かって、「近日中に日本に帰る人誰か思い出せません?」と食い下がった。
 信号が青になると私たちは右へ、彼女たちのオートバイは左へと消えて行った。
 「吉田君! なんだか変だと思わない?」
 「何がです?」と間抜けた返事をする。
 「日本人大好きなんて言う人ロクなのは居ない。要注意!」
 「でもみんなが皆という訳ではないでしょう。そういう人もいますがね」機嫌が悪く、鼻であしらうような言い方をする。
 「友達の写真を見せていたけどあの写真はもう古い物よ、勝手に日本人を撮ったのだと思うわ、写真ブックにも張らずに持ち歩いているなんて日本人に見せて信用させるためにね」
 「意地悪ですねーそんなに悪く取らなくてもいいでしょう。日本人の友人を持っていることが自慢なんですよ」吉田君はあくまでも彼女の肩をもつ。私はいじわるババー役。
 「まあ怒らないでよく聞いて。まず第一、この国でジーパンをはいている人に初めて逢ったわ、外国製品は手に入らない国だから、よほどコネがあるか、大金持ち。――それから一番びっくりした事はあのペンダント。あれは五〇〇ドルよ。昨日宝石屋で見た品よ、貴方は見たかな?ここの人の収入にしたらものすごい値段でしょう? どうやってあの若い娘が手に入れますか? 父親がとんでもない大金持ち? 其の上、ふだんの朝十時頃、郵便局に行くのに胸に着ける品ではないでしょう? おかしいと思わない? その大金持ちのお嬢さんの父親…顔つきといい、着ているものといい、はいているサンダルと言い、おかしいと思わない? あれは父親ではないわ。しかし私たちに何のために父親だと嘘をいったの?」