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どこから来たの=大門千夏=(91)

 なんともかんとも「ああ、これがインド」と了解する。
 大方の労働者は貧しい。体型をみてもやせて痩せて、細い脚に皮膚が張り付いている「骨かわ筋衛門」ばかり。私も痩せてはいるが、ここにいると気にならない位、皆、脂肪も筋肉さえも見えないほど痩せている。
 デーリーのような都会はまだしも、田舎に行くと太った人に出会うことはまずない。これは菜食主義という食事から来ているのか、いやきっと経済的理由からだろう。
 彼らの食事はマサーラと言って植物の実、種、根、葉などを調合して各家庭秘伝の香辛料を作り、大抵一種類の野菜の煮込みにこれを入れると、野菜カレーや豆カレーが出来上がる。それにご飯かチャパテーというフスマ入り小麦粉を水で練って、焼いた平たいパンを食べる(熱いうちは素朴な味がするが、冷めるとまずくて喉を通らない)庶民の食事はこんなもので、鶏肉はとても高くて手が届かない。そのほかヨーグルト、チーズなど。しかしこれも高価で一般大衆には毎日食べられるものではない。
 ターバンを巻いているインド人はスイク教徒の人たちで、ノン・ベジタリアン。彼らは肉を食べる。そのせいか体格が良く背も高い。その他キリスト教、イスラム教の人たちはノン・ベジタリアンである。
 ところで私たちはアーグラ(タージ・マハールのある所)を見学の後、ヒンヅー教の聖地、マトウラまで汽車に乗ることになった。さっそくマリコは二等車自由席の切符を買ってきた…聞こえは良いが七段階あって一番最低の車両のことである。
 「大衆労働者の乗る汽車よ、大丈夫かなァ」T嬢は不安げにつぶやいた。
 「だって値段が、エアコン付き一等車の二五分の一、エアコンなし一等車の八分の一だもん…あったり前でしょう。一時間くらい我慢なさいよ」
 アーグラの駅に着くとホームは旅行者でごった返している。休日のせいかと思ったがそうではない。人口の多いこの国では、これが普通なのだ。プラットホームにも牛と人間がぎっしりと共存している。線路を悠々と牛が渡っている。
 人をかき分けて、やっとの思いで汽車に乗り込んだが、ぎゅうぎゅう詰めで、もちろん立ったまま、日本のラッシュと同じではないか。ともかく暑い。蒸し風呂同然。
 時間ちょうどに汽車は出発。急に窓から風が入ってきた。どうやらこの車両に乗っている外国人は私たちだけ。
 「こんな安い汽車に乗る外国人はいないわよ」T嬢が恨めしそうにつぶやいた。
 窓は意外と小さくそれに鉄格子がはまっている。事故が起きたらどうするんだろう?と一瞬心配になる。その横に「車内で煮炊きしないでください」と張り紙がしてある。この二等車に乗っている人たちの生活が見えるようでひどく親近感をもってしまう。
 誰一人旅行用トランクを持っている者はいない。擦り切れた布袋を持っている人達ばかりで、どうやら農業労働者一生一度の「ヒンヅー教徒巡礼の旅」といった感じである。もちろん男も女も一様に痩せて、女性はみな色とりどりの化繊のサリー姿。肌の色は浅黒く、艶のある黒々とした眼、細く高い鼻に金色の飾りをつけ、耳、首、腕、足首、足の指にもリングをつけ満艦飾。足元は擦り切れたサンダルをはいている。しかし男も女も楽しそうな幸せそうな顔をしてはしゃいでいる。
 汽車が止まるたびに、風が止まってむっとする。汗がどっと出る。かといって身動きできない。早く汽車が出発してくれるようにと祈るばかり。