「Tragedia anunciada(予告された悲劇)」――1日未明におきたサンパウロ市セントロ(旧市街)の火災でビルが崩壊する映像を見ながら、そう痛感した。昨年1月に消防署がそのビルに検査に入り、「居住環境が極めて脆弱」と警告していた。
その時に撮影された内部写真を見たら、盗電されたタコ足配線はむき出しで、ショートによって発火しやすいことは一目瞭然。しかも事務所用のビルを146家族が住めるように合板で仕切っていた。
5階の住民が「電子レンジと冷蔵庫、テレビにつないでいたコンセントから出火し、瞬く間に燃え広がった」との証言しているのを聞き、薪の上で火遊びをしているようなものだと頭を抱えた。
本来、セントロのような地の利が良い場所は家賃が高い。だから不法侵入する。不法占拠だから正式に電気や水は供給されず、盗むしかない。違法に住んで電気を盗んでも「悪いことをしている」意識がない人たちだ。
なぜかといえば、「自分たちが貧乏なのは社会が悪い。市や州、国が自分たちの面倒を見て、住む場所を用意すべき。火災になったビルと同じぐらい安くて便利でなければ移りたくない」と被災したビルの前の広場に居座る。まともに税金や公共料金、家賃や共益費を払っている一般市民からすれば、「よくそんな発想ができるものだ」と驚かざるを得ない。
しかも左派活動家が不法占拠を指揮して〃家賃〃を集めているとか。「家賃を滞納すれば即追い出される。コーディネーターは良い車に乗り、大きな家に住んでいる」とテレビのニュースで見た。本当に社会運動であれば、困った人ほど助けるべきであり、「滞納したら即追い出す」ことに違和感を覚えた。
彼らの開き直りの発想の根本にあるのは、88年憲法の第6条で、次のような内容だ。「憲法は以下を国民の社会的権利として保障する。教育、健康、食糧、雇用、住居、娯楽、治安、社会保障、出産や子どもの安全、失業者支援」。
つまり住居は「国民の権利」であり、「行政機関はそれを提供する義務がある」という考え方だ。どう考えても財政的に不可能な理想主義的な条文だが、左翼政党がこれをテコにして「貧困者支援」と銘打ち、実際は選挙対策ではないかと疑われる政策を実施した。
PT政権時代のボウサ・ファミリア、ミンニャ・カーザ・ミンニャ・ヴィーダ(MCMV)などだ。
今回のビル占拠も元をたどれば左派系運動の流れだ。1985年までの軍政時代には、左翼運動は徹底的に弾圧されたが、1985年の民政移管前から左翼運動は盛り上がり始めた。その一環として、休遊農地などを数百人が占拠して、小農家への土地分割を求める農民活動「土地ナシ労働者運動(MTST)」が80年代から起きた。
それが1990年代後半から都市運動化して、使われていないビルを占拠して住み込む活動「屋根ナシ労働者運動(MTST)」となった。
その分派が今回の団体のようだ。今ではサンパウロ市内だけで206カ所の建物が不法占拠され、約4万6000世帯が住んでいると市住居管理局は発表している。
07年9月15日付けジアリオ・ド・コメルシオ電子版によれば、IBGEはブラジル国内で790万世帯(3950万人)分の住居が不足しており、人口の21%に当たると報じられている。不法占拠者やファベーラ居住者などの脆弱な住環境にいるブラジル人がそれだけいるわけだ。
サンパウロ州建設業界組合(SINDUSCON―SP)の調査によれば、PT政権のバラマキ政策の典型だったMCMVが盛んに行われていた09年から15年においてすら、実はこの住居不足は5・9%も悪化した。バラマキ以上に経済格差が拡大した結果のようだ。
IBGE調査では人口の75%(約1億4千万人)が3最低賃金以下の収入だ。うち相当の人が1最賃以下であり、家賃を払えず、不法占拠に走るしかないのが現状だ。
占拠運動団体を取材したG1サイト4日付記事によれば、《サンパウロ市には35万8千世帯分の住居が不足している。(中略)市居住局の2016年調べでは、現在の年間5億9千万レアルの予算では、住居不足をゼロにするのに120年かかる》と推測する。
「35万8千世帯で120年かかるのなら、全伯の790万世帯ならいったい何世紀かかるのだろう」―ふと、気が遠くなった。(深)