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どこから来たの=大門千夏=(100)

 何年たっても同じ状態が続いた。子供達が、「うちの母はね、音楽が鳴りだすと血相を変えて怒るの、本気で怒るのよ、あんな人見た事ない」と話している。かといって日々の生活に別段困る事もなく、以前と同じように昼間は仕事をし旅行もする。良くなろうという努力を最初はしたが、今では無音の生活に慣れてこれが普通になっている。
 ただどうしてこんな事になったのだろうか、という疑問が常に心の中にわだかまっていた。
 一九九六年、私は仕事を兼ねてペルーに一人旅をした。音楽を嫌悪するようになって早や八年が過ぎていた。
 クスコについた日、午後から市内見物をし、其のあとでサクサイワーマンの遺跡に行った。クスコ市の北にある平地に、インカ文明特有の巨石を三段に積み上げ、(この中でも一番大きな石は三六〇トンもあり、これは小型自動車四百台分に相当すると言う)ジグザグになった石の壁が長さ三六〇m もある遺跡だ。
 「インカの天上、地上、地下の三つを意識した独特の世界観が反映された結果、三段という数が選択された」と読んだことがあるが、そんな大袈裟なことを考えて巨石を積み上げたのだろうか。
 フランシスコ・ピサロによる首都陥落の三年後、一五三六年、マンコ・インカ・ユパンキが二万のインカ兵をひきいてクスコ奪還戦をもくろみ、その拠点となったところであり、出陣の儀式が行われた場所でもあった。
 しかし、これだけ強固な石組であったにもかかわらず「夜は戦わない」というインカの掟を守ったばかりに、二〇〇人のスペイン人の夜襲に対抗できずあっけなく陥落。この後、三百年間スペイン領となった。最後の戦いの地、悲しみの地。サクサイワーマン。
 風が出てきた。そろそろ帰ろう。少し肌寒くなってきた。空は今日一日中灰色のまま。しかし私にとってこのくらいがちょうど良い。青々とした空が見えると心が萎縮してしまう。灰色の空、灰色の遺跡、私の心も灰色なのだ。一人ぼんやりと南に見えるクスコの町を眺めていた。
 其の時、遠くから笛の音が聞こえてきた。誰でも知っているあの有名な「コンドルは飛んでゆく」。どこの街角にでもペルー人かボリビア人が数人で奏でているあの曲だ。
 音楽嫌いの私が思わず聞き入った。
 周りにいた多くの観光客の動きもぴたりと止まり、静まり返った遺跡に四分の四拍子の緩やかな優しく悲しい旋律が流れてくる。誰一人咳もしない。皆その場に釘ずけになって、この古い哀愁を帯びたフォークローレに聞き入っている。

飛べ飛べコンドル 飛べよ
果てしない空を
アンデスの山に影を落として
裏切られたインカの笛の音かなし
自由のために死ねと
パチャママの教え (吉田秀士 訳詞)

 目をつむるとコンドルが頭上を悠々と飛んでいる姿が見える。長らく音を嫌悪していた私が、今、じっと耳を傾けている。ケーナの響きが胸の奥にまでしみ込んで、体の内も外も音に包まれ、深い安らぎさえ感じているのはなぜだろう。
 夫の死を受け入れるという心の痛みから、やっと立ち直って来たのかもしれない。
…あれからもう一〇年にもなる。
 「もっと生きたいなー」とかすれた声でつぶやいた夫の視線の向こうに、暗い灰色の空が果てしなく広がっていた。「大丈夫よ」と答えながら私は骨ばかりになった肩をさすった。無理して笑顔をつくった。