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今、ブラジルで何が?=ストの大混乱と汚職捜査=だからこそ若者よ頑張れ!=サンパウロ市在住 田中禮三(5月26日記)

サンパウロ市とリオをつなぐ物流の大動脈、ヅットラ街道のトラック輸送も、ストで一時的に完全停止させられた(Foto Tania Rego/Agencia Brasil)

サンパウロ市とリオをつなぐ物流の大動脈、ヅットラ街道のトラック輸送も、ストで一時的に完全停止させられた(Foto Tania Rego/Agencia Brasil)

 サッカーワールドカップ開幕まで1カ月を切り、サッカー熱気が日に日に増すこの時期に、誰も想像しなかった緊急事態がブラジルで発生している。事の発端は、21日から始まったディーゼル油の価格高騰に業を煮やしたトラック運転手によるサボタージュ(スト)だ。幹線道路をトラックで塞ぐこのサボタージュは、瞬く間にブラジル全土に波及し、6日経過した現在、あらゆる物流がストップし、国全体の機能が麻痺する緊急事態となっている。

 200万台に上るトラック輸送は、ブラジルの全物流の65%以上を担う経済活動の大動脈だ。幹線道路の約600カ所がトラック運転手により封鎖され燃料が届かなくなった結果、ブラジル全土の殆どのガソリンスタンドが品切れとなり、備蓄のあったスタンドでは値段は2倍以上となり、市営バスは普段の1/3しか運行せず、通勤通学に大影響を及ぼし、スクールバスも動かず休校を余儀なくされている。
 部品が入荷せず自動車工場は操業停止となり、飛行機の燃料が確保できないため14の飛行場が閉鎖され、また、南米一のサンパウロ中央卸売市場(CEAGESP)の生鮮食料品が枯渇し、スーパーマーケットでも欠品が目立ち始め、家庭用プロパンガスも枯渇、病院では酸素ボンベや透析溶剤が不足するなど、市民生活に重大な影響が出ている。
 農村地帯では、ミルクの運送手段が無い為、搾乳した牛乳を投棄せざるを得ず、養鶏業者もヒヨコの餌が届かず数千万羽が死んでいると言った現状だ。

▼道路輸送への依存度の高さがボトルネック

 トラック輸送が物流全体の65%を占めるなど、道路輸送への依存度が高いことが物流のボトルネック(弱点)とは予てから言われて来た。鉄道網を作るには予算と時間がかかり、自分の任期中に工事が終わらない為、裏金儲けの対象とはならないと考える政治家が多かった事が、鉄道網が未整備な背景にあったと言われる(物流全体の15%)。
 スキャンダル騒ぎで再建中の石油公団ペトロブラスは、ディーゼルやガソリンの価格を、国際原油価格に連動して価格調整するシステムを昨年より取り入れ、加えて、直近のドル高の影響もあり、この数カ月の間にディーゼル油が50%以上も値上がりした為、トラック運送業者のマージンが吹っ飛んだ事が今回のストの引き金となった。
 加えて、景気停滞により仕事が減っている事、道路のメンテ不備により事故や修理が多発している事、強盗団による貨物の略奪など、トラック業界は厳しい経営環境に置かれている背景がある。
 トラック業界団体は、昨年よりディーゼル油の価格、税制の見直しを政府に陳情して来たが、無視され続けた結果、今回の事態に至った。
 一般市民感覚としてはトラック業者に同情的で、政府の無策を非難する声の方が大きい。金曜日の夜、政府は混乱の沈静化の為に軍の出動を要請、また、緊急措置としてディーゼル油価格を10%引き下げ(60日限定)、一部の税金を廃止するなどの打開策を提示し、「ストは週明けには沈静化する」と言われていたが、現実には継続された。
 財政赤字に苦しむ政府にとって、残りの任期数カ月とは言え、今回の130億レアル(約4千億円)の緊急歳出措置が足かせとなり、政治・経済面の不透明感が増す事は間違いない。インフレは3%を切る水準まで低下し、金利も6・5%まで下がっているにも関わらず景気の浮揚感が無いのが実感だ。
 失業者は2800万人(12%)の水準にあり、ショッピングセンターでは店仕舞いが多く見受けられ、不動産取引も低調だ。

▼望まれる骨太な政治家と国家計画

 一方、2014年3月に勃発した石油公団ペトロブラスに絡む空前の贈収賄事件(ラバ・ジャット作戦)は、3年経過した今でもブラジル政財界の根幹を揺るがし続け、市民生活にも暗い影を落とし続けている。
 事件は現時点で49段階目の捜査局面にあり、前大統領ルーラを始め、労働者党政権時代の上下院議長、有力政治家、州知事、建設業界などのトップが、公共工事の水増し請求の見返りに黒い金を受け取っていた容疑で相次いで逮捕された。
 動いた黒い金はなんと380億レアル(約1・2兆円)、捜査案件775件、被告人は官民合わせて274人といった具合で、中には5200万レアル(約15億円)の現金をアパートに隠し持っていた有力議員が逮捕されるなど、某国のモリカケスキャンダルとはスケールが違い、世界でも稀に見る贈収賄事件となっている。
 唯一の救いは、政治家の贈収賄が当たり前だった政治体制に司法当局によって初めて本格的なメスが入れられ、政治家がいかに悪徳であっかが国民全体に明らかにされた事だ。10月の大統領選を含む総選挙にラバ・ジャット作戦の教訓が反映されれば良いのだが…。驚いた事に、ルーラ前大統領が、4月初めに収賄容疑で投獄されているにも関わらず、10月の大統領選挙の直近の事前調査で30%以上の支持率を得ており、2位以下の候補に圧倒的な差を付けている。
 過去に、ルーラ率いる労働者党がバラマキ政策で国民を甘やかし、国庫破綻により経済を混乱させたにも関わらず、「ルーラが戻れば生活が楽になる」と言った幻想に囚われている国民が未だ大勢いることの証だ。
 10月の大統領選挙を数カ月後に控えた現在、投獄中のルーラは立候補できない可能性が大きいが、懸念すべきは、彼を除くと、他に有力な候補が一人も居ない事だ。
 今回のトラック運転手によるストでブラジル全土が麻痺した事からは、ブラジル行政の極めて脆弱な体質が図らずも露呈した。今までの様な汚職体質で腐敗した行政では、在任中の目先の利益や賄賂に目が行ってしまい、長期的、且つ、骨太な国家計画など考える政治家が育たないのが現状と言えよう。
 今回の事態が、国民に不信感を与え、更に消費が減退し、起業家は投資を先延ばしにする事は避けられないだろうし、先行き暗雲の立ち込めるブラジルの現状と言わざるを得ない。

▼そんな国だからこそ、若者は活躍を!

 筆者は、現状を嘆くブラジルの若者と話す時、いつも「問題だらけの国だからこそ、それらの問題にチャレンジするチャンスが、君たちの前に沢山転がっている。国の現状を批判する暇があったら自分を磨いて挑戦して見ろ」といつも言っている。
 ブラジルの道路は30万キロ、鉄道網は3万キロ、比較する国の資料は持ち合わせないが、鉄道網の比率は極端に低いのではないか。昨年ブラジルが行ったインフラ関係投資は、GDPの1・4%に過ぎず、中国は8%、インドは5%行っている。
 インフラ投資累計は対GDP比36%に過ぎず、例えば日本の179%とは大きな隔たりがある。先進諸国の様な成熟社会に生きる若者にとっては、チャレンジ出来る領域は益々少なくなる一方だ。だが、未成熟なブラジルは違う。
 ただし、今のブラジルの政治家や大人達に輝ける未来を期待しても無理だろう。あらゆる分野で未成熟でチャンスに溢れたブラジルこそ、若者にとっては挑戦天国ではないか。
 頑張れ、ブラジルの若者達!!