ブラジルには良心といえる社会機構が存在しないのか――そんな暗澹たる気持ちになった。最高裁が8日、2019年の自らの給与を16・38%増やす調整を〃お手盛り可決〃したというニュースを聞いて、そう感じた。「espelho moral da sociedade(社会の道徳的な鑑、模範)」であるべきと期待されている人たちですら、その体たらくかと。
だいたい、自分の給与を自分で決められるシステム自体が、庶民からすれば「特権階級の証拠」だ。しかも、戦後最悪の大不況から抜け出しきれず、失業率13%、1300万人もの失業者が明日の食べものに困る生活苦にあえぎ、国家財政が大赤字に陥っている中で、平気でそれを決めるセンスが完全に庶民から遊離している。
それが公務員最高のエリートの発想なのだ。最高裁判事の給与は全公務員の天井とされており、天井が上がると〃シャワー効果〃で公務員全体の給与水準も調整される。その結果、国や州全体で40億レアルもの人件費が増える。
これは、12月までに連邦議会で19年予算修正案として承認される必要がある。あまり世間受けが悪いとなれば、減額した上で可決という可能性もありえる。
調整に賛成したのは7人(アレシャンドレ・デ・モラエス、ジアス・トフォリ、ジルマール・メンデス、ルイス・ロベルト・バローゾ、ルイス・フックス、マルコ・アウレリオ、リカルド・レヴァンドウスキ)、反対したのは4人(セルソ・デ・メロ、エジソン・ファキン、ロザ・ウェベル、カルメン・ルシア)。
ブラジルではどんなに最高裁判事の評判が悪くても辞めさせる手立てはなく、しかも終身制だ。事実上〃生き神さま〃のような存在。罷免は可能だが、罷免審議を行うかどうかを決めるのは、同僚たる最高裁判事。だから、よほど明確な証拠を伴った犯罪をしない限り、お仲間が断罪することは望めない。
事実、エスタード紙17年8月27日付で、最高裁は同判事への職務停止請求を10年間で80件棄却(審議しないと判断すること)したとの記事が出ていた。同紙調べては07年からの10年間で、メンデス判事に16件の罷免・停職要請、トフォリ判事に13件、アウレリオ判事に11件、レヴァンドウスキ判事に10件などの請求が出されたが、時の最高裁長官の単独判断で棄却され、最高裁法廷で議論されるに至らなかった。
手順としては、起訴されたものを最高裁で弾劾審議するにふさわしいか判断し、最終的に上院が弾劾裁判をする。だが現状では、まな板に乗る前に罷免請求は捨てられている。
たとえば、日本には「最高裁判所裁判官国民審査法」があり、最高裁判所裁判官は、任命後初の衆議院議員総選挙の際に国民審査を受け、その後も、最初の審査から10年ごとに衆議院総選挙の際に再審査を受ける。ブラジルでもこの国民審査を導入すれば、より民主的になるのではないか。今のように公務員最高給をもらう〃生き神さま〃として終生君臨するのは、あまりに権力過剰な気がする。
だいたい、ブラジルの司法界はいびつだ。
BBCブラジル9日付には「最高裁判事は欧州の同僚に比較して、現行給与ですでに高給取り」との記事が出た。同記事は、レヴァンドウスキ判事が賛成票を投じる時に「大変控えめな調整だ」と論説したことを揶揄しながら、EUの最高裁判所判事は労働者の平均所得の4・5倍しかもらっていないが、ブラジルの場合は16倍だと報じた。
当地最高裁判事の現行給与は3万3700レアルで、それが調整されれば来年から3万9300レアルに上がる。EU最高裁判事の給与は14年時点で2万3900レアル相当のユーロであり、金額ベースでもブラジルの方が高い。
ブラジルには1万8千人もの裁判官、判事、司法高官らがおり、諸手当を含めた平均月収は4万7700レアル(約137万円)にもなると報じられた。調整の動きが今出てきた背景として推測できるのは、公務員の昇給を止められるはずの権力である立法(両院)、行政(大統領府)が選挙を目前にしていることだ。
政治家の誰もが公務員の組織票を欲しがっている今、彼らを敵に回すような昇給否決を決断する勇気を持つ政治家は少ない。そんなタイミングでこの昇給交渉をしている。
同記事にある欧州司法効率化委員会 (CEPEJ)が17年に行った調査では、15年時点の国内総生産における司法界支出の割合で、0・7%を超える国はEU加盟国では一つもなかった。ところが、ブラジルは16年時点で国内総生産の1・6%に匹敵する848憶レアルを司法予算で使った。しかも、うち89%は人件費(年金含む)だ。
ガゼッタ・ド・ポーボ紙3月15日付には《ブラジル司法の支出は米国の10倍》ともあった。米国は国民総生産の0・14%しか使っていない…。
ブラジル司法界を〃現代の貴族階級〃と言わずして何と呼べばいいのだろう。(深)