寒い日の間に暖かい日射しがさし、鳥も鳴いて〃春近し〃が感じられるこの頃です。そこに住む人間の世界でも今月から正式に選挙運動が開始されて、新聞、TVなどのマスコミも賑やかになっています。
そんな矢先、大統領選挙のトップを走っていたボルソナロ候補が選挙運動中に暴漢に襲われ重傷を負うなど、選挙戦も白熱化しはじめました。
10月7日の投票日まで後1カ月となった今、一体誰がブラジリアの大統領執務室への坂道を上がることになるのか? その政治の影響を受ける皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
▼ルーラが抜けて、後はどうなる
元大統領ルーラの人気は抜群で、裁判所で有罪判決が下されても少しも衰えを見せていません。コンスタントに30%~40%の支持率で、断然他の候補を引き離していましたが、先日、選挙裁判所から『立候補資格なし』との裁定が下されました。(11日までにアダッジによる交代が発表されるはずです)
それにしても何度もダメだダメだと言われながらも、あれやこれやと食い下がるPT(労働者党)の粘りには全く驚かされます。これが日本の政治家なら、有罪判決はおろか、起訴された段階でもう公職辞任となりますよね。
ところで選挙戦としてはこの絶対有望だったルーラ(PT)の脱落により、誰がその票を引き継ぐのか? これが重大キーポイントとなります。
そこでまず、各候補の現状などを点検してみましょう。
★【アダジ(PT)】前にサンパウロ市長を経験しており、若さもあります。本来なら同じ党の候補としてルーラ票を全部100%引き継ぎたいところでしょうが、識者にはそう見られていません。今まで全国的な知名度がなかったし、ルーラとアダジは『同じ人』ではないからです。それに投票日まで1カ月を切った今になっての交代では、選挙民に納得してもらうのに時間が短かすぎます。
更に『ならず者みたいなPTには絶対に政権に付いて貰いたくない』という有権者もいるので、障害はある。十分にある公営宣伝時間を活用して〃民衆の味方アダジ〃を大車輪で訴えることになるでしょう。
★【マリナ・シルバ(Rede)】アマゾン河上流の密林の中、貧しい家庭に生まれたため、子供の頃学校へ行けず、文字も知りませんでした。その後、地方都市に出て女中奉公をしたのですが、ここで幸運に恵まれました。その家の女主人がマリナに読み書きを教え、16歳で初めて学校へ行かせてくれたのです。(まるで日本のドラマ『おしん』のような人生です)その後、働きながら大学も終え、上院議員、環境大臣なども歴任、過去の大統領選挙では2千万票もの支持を集めています。ルーラ票の受け皿に適任と考えられるのですが、今は別の党、さてどうなるでしょうか?
彼女の政治姿勢は「清く、正しく」の様で、前回の汚職騒動にも捲き込まれていません。しかし、このモットーは日本の女学校の校訓には良いのでしょうが、ブラジルの様にアクの強い政界で、その姿勢でやっていけるのか? 他の人の賛同を得て自分の政策を実現して行けるのか? 危惧を持たれて居ます。
▼我が道を行く強者たち
★【シーロ・ゴメス(PDT)】元々マリナと同様、長らくルーラに協力して来ました。政策などからルーラ票の受け皿になる資格はあります。
セアラー州知事、国会議員の実務経験も十分で、マスコミなどのインタビューでも言語明晰、頼もしい印象を与えます。しかし、自分の考えがハッキリしているだけに、他の人との妥協を受け入れ難い印象があります。今回もセントロン中間政党との提携の機会もあったのですが、結局合意に至らず、自党PDTだけの『東北一人旅』になっています。
★【ジェラルド・アルキミン(PSDB)】PSDB(社会民主党)とPT(労働者党)は長い間、政権の座を争って来ましたが、ルーラ以降はずっと苦杯をなめ、PTの独走を許して来ました。
今回、党内の支援を固めたアルキミンが満を持して堂々の出陣です。ブラジル経済をリードし、最多の選挙民数を誇るサンパウロ州出身ですから、ジバン、カンバンに不足はありません。言動も筋を通して諄々と説くスタイルなので経済界、インテリ層などの根強い支持があります。
しかしどうも一般受けするような〃華〃が乏しいせいか、連邦全土の仕事をやって来なかったせいか、全国的な人気の盛り上がりに欠ける嫌いがあります。
セントロン中間6党の支持をとりつけ、公的宣伝時間の半分以上を占める利点を生かし、低迷してきた人気度/支持率をこれから上げたいところでしょう。
★【ジャイール・ボルソナロ(PSL)】軍人出身でリオ州選出の国会議員です。全体主義的主張で腐敗撲滅、個人の武器携行容認など硬派らしい政策を唱えるので、その姿勢に賛同する人も多いが、逆に毛嫌いする人もいて、賛否両論が極端に別れます。前述の通り、6日、動機不明の40男に腹部を刺され、現在入院中です。全5人の候補中ここまで人気トップで走って来ただけに、その健康回復が気使われます。
この事件で注目度は更に高まりましたが、自由主義者、女性を主とする『この人は絶対嫌』と言う不人気度の高さが難点でしょう。決戦投票になってこの『総スカンの壁』を乗り越えられるか? どうか、関心が集ります。
▼当選の基本条件
今回の選挙戦を勝ち抜いて、栄えある大統領の椅子に座るには何をしたら良いか? その実現には次の様な基本条件を考える必要があります。
★大統領に当選するには最終5千万票もの獲得が必要です。5千万票と言うと赤ちゃんも含めた日本の人口の半分近くですから、これの獲得は容易ではありません。一人一人に直接挨拶して回れる訳ではないから、組織やマスコミ/TVネットなどの活用が不可欠です。
この点、公的宣伝時間の半分を占めるアルキミン(PSDB)が有利で、これから支持率を上げて行くと見られます。アダジ(PT)もスタートが遅れているが宣伝時間は多く、この点は優位です。逆に公的宣伝時間が殆どなく不利なのは小政党を基盤とするマリナ、ボルソナロでしょう。
★選挙人口の半分以上は女性です。女性を敵に回しては何事もうまくいかないこと、皆様の経験に照らしても明らかでしょう。アルキミン、シロ、アダッジなども女性の支持者を増やしたいと、自分と組む副大統領候補には有能な女性政治家を立てています。例外は女性差別が目立つボルソナロだけですが、副には軍出身のジェネラルを擁立しています。
これはこれで軍や警察などの組織票獲得を目指しているのでしょうから、それも作戦として理解はされますが。
★それともう一つ、ブラジルでは、選挙人の半数以上はその収入が「最低給の一つか二つ分という低所得層だ」ということです。この階層の支持なくしては当選はおぼつか無いでしょう。この層を狙った左派的主張をしているマリナ、アダジ、シロなどがこの範疇に入ります。アルキミン、ボルソナロなどは、この国を「秩序」ある国にしたいと考える階層、経済人などに〃好ましい〃と見られています。
▼誰が大統領になるか
ここまで述べてくるともう先が見えてきて、気も短くなった御老体に言われます。「もう状況は分かったよ。ところで一体、大統領には誰がなるんだ」と。
今回の大統領候補には、別表の有望5人の他にまだ8組の候補が居て、票の分散が見込まれます。ですから7日の一回戦で過半数を取ることは難しく、10月28日の第2次選挙になることはまず避けられないでしょう。そしてその決選投票では一次選トップだった人が当選出来るとは限らないのです。2位の候補が他の下位候補の票を集めて当選する事が十分にあり得るのです。
で各候補は1位当選は当然ですが、とに角2位には付けたい。そして決戦では他の(落選)候補の票を集めて当選を狙います。今の段階で将来取り込みたい候補を余り激しく攻撃して敵に回したくない。アルキミンなどは現状トップのボルソナロをボロクソに批判しますが、他の候補へは殆ど批判しません。理性が勝つのでしょう。PT票を取り込みたい候補たちも汚職政治家を名指しで批判しません。余り波風を立てて自分を不利にしたくないからでしょう。
では5人の内(或いは13人の内)で誰が1位、2位でゴールするか? 中々予測の難しいところです。更に第2次決戦投票ではどの様な順列組み合わせが出来るか? 状況は一層複雑になります。
◎
それでは、と、横丁に住む、政治談議に詳しい古川さんにご意見を伺うことにしました。
古川老曰く「5人の候補は皆立派な人たちで誰が当選してもおかしくない。しかし、これから各自激戦を展開しようと言う時に、わしが終わりの答えを言ってしまったら興ざめと言うものだ、面白味がない。あんた達も他人の意見を聞くばかりでなく、自分の頭で考えるのはどうだ。分散が予想されるルーラの票を誰が余分に獲得するか? 決戦投票では誰と誰が組むか? ロッテリアの番号選びより複雑で面白いぞ。
当たる確率は1/5だ。わしらの若いときはこういう賭けをよくやったもんだ。どうだ、自分の判断力を信じて賭けるか!」――(ご意見はこちら=> hhkomagata@gmail.com)