ホーム | コラム | 樹海 | 争点不毛なままの情けないブラジル大統領選

争点不毛なままの情けないブラジル大統領選

8月のボルソナロ氏(Fernando Frazão/Agência Brasil)

8月のボルソナロ氏(Fernando Frazão/Agência Brasil)

 現在、大統領選真っ盛りのこの時期。連日、報道も盛り上がっている。だが、ブラジルに住む外国人(日本人)として「こんな選挙でこの国は本当に大丈夫なのか?」と正直なところコラム子は大いに不安だ▼それは、投票日まで3週間を切った現在の状態で、いまだにこの国にとって急務に思えることの議論が候補者のあいだで行なわれていないからだ▼現時点で支持率1位のジャイール・ボルソナロ氏(社会自由党・PSL)は、これまでの政権のやってきた汚職の撲滅と、みずからの軍隊出身という出自を生かした治安の強化をモットーに支持率を集めてきた。だが、彼自身の言動もそうだが、ネットで彼を「ミット(神話)」「デウス(神)」と実際に呼び、ネット上で讃える書き込みを繰り返し行なう彼の信者が事を余計におかしくしている▼ボルソナロ氏は銃の自由化を叫び、あるときなどは子供の手をとって銃の形を作らせたり、カメラの三脚でマシンガンを撃つ真似を公衆の面前で行なうパフォーマンスもやっている。だが、「現状でブラジルの銃所持の状況がどうで、だからこうしたい」という話はここまで聞いたことがない。ブラジルではただでさえ銃の購入は簡単で、「25歳以上で犯罪歴がなく、精神に異常が見えない限り」は大丈夫なのだが、これをどうしたいのか。そういう議論がない▼さらにボルソナロ氏は女性議員に対しての「レイプの値打ちもない」発言で被告となり、原住民差別でも被告になりかけ、同性愛者への差別も頻繁。信者たちはその口調を真似てネット上で挑発的な言葉を撒き散らす。だが、こうした言葉が、本来彼らがボルソナロ氏を支持したところの「汚職の撲滅」と一体何の関係があるのか。「汚職をなくしたい」という気持ちが、なぜ性差別や人種差別、同性愛差別につながっていくのか。ブラジルで汚職撲滅運動の契機となったラヴァ・ジャット作戦の捜査班がこのような状況を望んでいるのか。そんなことはないはずだ▼ボルソナロ信者がこのような行動に出るのは、要は同氏が仮想敵とする、2016年までの与党、労働者党(PT)と真逆の路線を行きたいがためだ。PTがそうしたマイノリティにやさしい政治路線で人気を得たから、ボルソナロ氏側がそれに対抗したいという気持ちは理解できないではない。ただ、そのやり方があまりに単純過ぎるがゆえに、国の抱える根本問題から大きく逸脱してしまうのだ▼加えて、人権無視的な発言で刺激もするから、そのお返しとして、16年のジウマ大統領罷免以来、弱体化したと見えていたはずのPTが刺激されて強くなり、ボルソナロ氏の対抗軸として再浮上してきている。実際、世論調査によるとPTは現在、国民の支持が29%と過去最高で、政党としては圧倒的な人気を得るまでになっている。11日にルーラ元大統領の汚職による失格で代理出馬したフェルナンド・ハダジ氏が早くも2位になったのにはこうした現状があるからだ▼だが、「汚職の温床」だったPTがこのまま復活するだけでは政界も変わっては行かない。そこで、もうそろそろ「景気停滞からの脱出」や「失業率の改善」「治安強化の具体案」「社会保障制度改革」などについての具体的な話し合い必要だ。ところが、他の候補、たとえば民主社会党(PSDB)のジェラウド・アウキミン氏などが積極的な提案を行なっても、今の国民は聞く耳を持たない状況。このままでは流石に先行きが心配だ▼同じ頃、日本では自民党総裁選の最中で、国民が直接選ぶわけでもないのに、安倍晋三氏や石破茂氏による、アベノミクスの是非や、周辺国との外交関係など、肝心な争点についての見解をめぐり、熱心な議論をしている人が多いのを、地球の裏のネット上でも感じることができた。全くうらやましい限りだ。(陽)