史上稀に見る大型贈収賄事件「ラヴァ・ジャット」騒動の最中、10月7日に行われた総選挙は、ブラジル近未来を左右する重要な選挙だった。それにしても、欧米のメディアが選挙結果を大々的に報じているのに反し、日本のメディアでは殆ど話題にもなっていないようだ。日系人約200万人が在住し、親しい国であるブラジルのニュースが、そして、日系ブラジル人が約20万人も住む日本で、かくも重要なニュースが取り上げられない事に首を傾けざるを得ない。選挙の結果、大統領選は右派と左派に真っ二つに分かれて10月28日の決選投票にもつれ込み、また、上下院の党派別議席数も大幅に入れ替わるなど、踊るブラジル総選挙の状況を報告する。
▼大変化の背景となったラヴァ・ジャット作戦
4年ごとに行われるブラジルの総選挙は、大統領、上下院議員、州知事、州議員が選出される最も重要な選挙だ。1996年に就任したカルドーゾ大統領は、30年に亘る軍政後のインフレを沈静化させ、レアルを通貨とするブラジル経済の安定化に成功した。
その後、飢餓ゼロ、格差是正と消費喚起を旗印に、貧困層や労働組合を支持層として2002年に政権を握った労働者党のルーラ大統領は、2010年まで2期を務め、以降2016年まで同党のルセフ女性大統領へバトンタッチした。
この労働者党長期政権の間に4千万人以上が貧困層から中間層へ移行したと言われ、国民の労働者党への支持率は現在も高く、また、ルーラ前大統領のカリスマ性は現在も根強く生きている。
ただし、労働者党は、長期政権に付き物の汚職の魔の手に染まり、同党の幹部を始め、ルーラ前大統領自身も今年になって収賄・マネロン罪等で有罪となり、12年の刑で収監中である。
労働者党のみならず、他の主要政党も含め、著名な政治家が相次いで検挙され、今も捜査が続いているラヴァ・ジャット事件は、建設業界を中心とする民間企業と政治家の間で長年続いてきたブラジルの構造的賄賂体質を白日の下に曝け出し、国民の政治への関心を一段と高めた事が、今回の選挙の背景にある。
(※「ラヴァ・ジャット事件」=2014年3月に発覚、現時点で52段階目の捜査局面にあり、前ルーラ大統領を始め、労働者党政権時代の大臣、上下院議長、有力政治家、州知事、建設業界などのトップ等が、公共工事の水増し請求の見返りに黒い金を動かして居た容疑で相次いで逮捕されている事件。現在までに動いた黒い金は380億レアル(約1・2兆円)、捜査案件775件、被告人は官民合わせて274名といった大型スキャンダルで、中には5200万レアル(約15億円)の現金をアパートに隠し持っていた有力議員が逮捕されるなど、世界でも稀に見る贈収賄事件となっている)
▼バブルの後に景気最悪、治安も悪化
2000年以降、労働者党の長期政権下、資源バブルの好影響もあり、ブラジル経済は順調な伸びを示し、同時にインフレの抑制、金利の大幅低下などに成功、好調な経済は継続的に推移するかに見えた。
一方、資源バブルが崩壊し始めた2010年以降、バラマキ政策や、官庁や公務員数を大幅に増やした事等により政府債務が増大(2017年GDP比8%)、経済はマイナス成長となり、公共事業投資の縮小、12%の高失業率、甘やかされた国民の労働意欲の低下などが原因で、ブラジル経済は現時点で出口の見出だせないトンネルの中にある。
政府発表のインフレ率は5%以下なるも実質的には10%程度と見られ、給与は凍結状態にある事から一般国民の台所事情は厳しく、加えて、毎日流れてくる政治家による億レアル単位の贈収賄事件や、凶悪犯罪のニュースに一般国民の心情は暗くなる一方だ。
加えて、悪化の一途を辿る治安状況も国民生活に暗い影を落としている。近年ブラジルでは毎年6万人以上の殺人事件が発生し(交通事故死者も6万人以上)、リオ市に至っては、麻薬組織の取り締まりに警察だけでは手が足りず、今年から数千名の軍隊が装甲車を市中に繰り出して警戒に当たるなど、治安は悪化の一途にある。
また、甘やかし政策により何でも欲しがる未成年層による強盗殺人事件も後を絶たない。特に狙われるのは転売が容易な高価な携帯電話で、高級パソコンや携帯を持ち歩く無用人な日本人駐在員や、旅行者も頻繁にひったくりの被害にあっている。
▼うんざりした社会状況が総選挙に影響
今回の総選挙は、国民にとってこの様にうんざりした社会状況下で行われた。
過去16年間、殆どの政権を担ってきた左派系の労働者党は、現在でもカリスマ性の強いルーラ前大統領を立候補させるべく画策したが、獄中の身ゆえに叶わず、前サンパウロ市長のハダジ氏(Fernando Haddad 56歳)がルーラ前大統領の傀儡として立候補した。
一方、ブラジルの35ある政党の中でも最も小さい政党の一つPSL(自由社会党)に所属し、殆ど無名だった軍人あがりの下院議員ボルソナロ氏(Jair Bolsonaro 63歳)が右派系候補として名乗りを上げた。
ボルソナロ氏は、ミナス州で遊説中に暴漢により刃物で腹を刺されて重傷を負い、遊説活動が殆ど出来ない状況に追い込まれたが、7日の開票結果、中部南部の比較的裕福な層の支持を得たボルソナロ候補が46%、東北部の貧しい層の支持を得たハダジ候補が29%を得て、28日の決選投票にもつれ込む結果となった。
現時点での決選投票への有権者の意向調査でも、ボルソナロが58%、ハダジが42%で、ボルソナロが優勢を保っている。
ボルソナロ候補は、小さな政府、国営企業の半減、汚職撲滅、年金受給年齢引き上げ等による政府債務の削減を優先課題とし、また、治安回復の一途として、現在18歳の犯罪適用年齢を16歳に引き下げる事、また、保身の為に銃の保有をたやすくする策等を打ち出している。
経済面での手腕を持たない事は本人も認めており、銀行家上がりで経済学者のゲデス氏を登用する事を発表、軍の出身故に規律に厳しく、クリーンなイメージが有権者にアピールした事は間違いない。
▼3大政党のバランス政治が崩壊、右派大躍進
労働者党は、投獄中のルーラ氏を大統領候補とすべく最高裁まで争ったが叶わず、また、同党の有力政治家も収賄罪などで投獄中のため出馬できずに、止むを得ずハダジ氏を押すハメとなった。選挙運動中、ルーラ氏の写真や録音メッセージを多く使った事が逆効果となったとの指摘もある。
いずれにせよ、長年、民主社会党(PSDB)、民衆運動党(MDB)、労働者党(PT)の三大政党のバランスで成り立ってきたブラジルの政治が、大きな曲がり角に差し掛かった事は明らかだ。
大統領選挙と同時に行われた上下院議員選挙においても、このバランスが完全に崩れた事が分かる。上院では、選挙前に上記三大政党が81議席中42議席占めていたものが今回の選挙で26議席に激減、(ボルソナロ候補のPSLはゼロから4に急増)。
また、下院では513議席中、選挙前には同三大政党は161議席を占めていたが116議席に激減、8議席しか持たなかったPSLは52議席に大躍進した。
また、今回の総選挙の特色は、議会における党数の数が25から30に分散化した事だ。国民の現状に対するうんざり感をして、新たな政治を求める方向に向かわせたに違いない。
28日の決選投票で新たなブラジルの大統領が決まるが、右派、左派いずれにせよ、議会運営の為には中道に歩み寄らざるを得ず、巷で心配されている様な極端な右翼、左翼政治にはならないと見るのが多勢だ。天災も国境紛争も無く、あらゆる資源に恵まれたブラジルなのだから、早くお家騒動に決着をつけて、本来の元気発剌とした国に戻って欲しいものだ。
(筆者は、ブラジルに関心のある本邦在住の友人宛に「ブラジル短信」にて情報提供を行っています。reizotanaka.blogspot.com)