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《ブラジル》ボルソナロ新政権への期待

銃規制緩和の大統領令にBicボールペンで署名し、「これが私の武器」とポーズをとるボルソナロ大統領

銃規制緩和の大統領令にBicボールペンで署名し、「これが私の武器」とポーズをとるボルソナロ大統領

 ボルソナロ新大統領が思春期を送ったサンパウロ州南部エルドラド市を、昨年10月に初めて訪れた。レジストロからリベイラ川を上流にさかのぼった地点にあり、大昔には金採掘で潤ったところだ。「黄金郷」を意味する名前にその歴史の残滓が残っている。
 今では、有名な鍾乳洞「悪魔の洞窟」(Caverna do Diabo)以外に見るものがない人口1万5千人の小さな田舎町だ。今もそこに新大統領の女兄弟と母が住んでいるという。あのような山奥の田舎町だからこそ、イタリア系子孫に時々見られる「貧乏で敬虔なカトリック白人」、あの素朴な性格が育まれたのだろう。
 AFP通信18年10月26日付電子版記事によれば、新大統領はイタリア系とドイツ系が混じった移民子孫で、曽祖父が1888年4月22日にイタリア東北部の貧しいヴェネト州を出発して移住した。イタリアからの南米移住ブームの真っ只中だ。ブラジルで奴隷制廃止宣言がだされたのがその年の5月13日で、昨年がちょうど130周年だった。
 この廃止宣言によって黒人奴隷が解放されてコーヒー農場で人手不足になった。それを見越して、生活困難だったイタリアから大挙してやってきた。その後、サンパウロ州内陸部を転々とし、エルドラドにたどり着いた。
 移民史的に読み解けば、曽祖父が新世界に移住して130年目に「イタリア系子孫初の大統領」が生まれたわけだ。
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 1日の就任式の時、オープンカーに乗ってパレードしている途中、観衆が途切れた一瞬に、ミッシェレ夫人からキツイお小言をもらい、新大統領がシュンとしているように見える場面がテレビに映された。それまでほぼ表にでてくることがなかった夫人が突然、就任式の演説台で数万人の一般参列者を前に手話ですばらしい演説をした。大統領本人の前に、というのは異例。しかも手話通訳者がポ語原文を声で読み上げるという逆の立場になり、演説内容に感激して声をつまらせる場面まで。
 単純に考えたら、このような配偶者を選んだ男が「女性差別主義者」である訳がない。
 その後の大臣就任式でも、大統領と大臣本人が契約署名する場面で、あろうことかBicボールペンを使っていた。普通は名のある万年筆を使うのに、セントロなら4本5・99レアルで安売りしている事務用ペンを使った。そんな大臣就任式を見たことがない。
 また、就任早々に銃所有規制緩和の大統領令を出したことも一定の評価をしたい。これは実に難しい問題だ。だが、「規制強化すべき」と単純に言い切れない現実があることを説明したい。
 コラム子が邦字紙で働き始めた92年頃まで、日系人射撃協会が毎月のように射撃大会を開催し、自衛のための射撃術を研いていた。記者もよく招待してもらって普通に射撃に加わっていた。そのとき「日本じゃ銃を撃つなんて考えられない」と言うと、ある戦後移住者は「ボクは常に銃を持ち歩いているよ」とズボンの足首をめくった。そこに小型ピストルがのぞいたのを見て、腰を抜かした。
 だが90年代中ごろから銃携帯の法規制が厳しくなり、所有も厳しくなった。ところが犯罪の方は減る傾向がまったく見られない。当たり前だが、犯罪者集団は「法律を守らない」から犯罪者集団と呼ばれる。銃規制を厳しくして守ろうとするのは一般市民、被害者の側だ。つまり、いくら銃規制を厳しくしても、最初から守るつもりのない犯罪者には関係がない。
 残念なことに、ブラジルにはまだ西部劇的な現実が多々ある。特に農村部では警察の手が届かないケースを聞く。真面目な日系人は、犯罪者からすれば「無茶な反撃をしない、襲いやすい存在」にみられる可能性がある。そうなると何度でも同じ犯人が襲ってくる。
 つまり「銃規制を緩和する」ことで一般人が自衛をしやすくなり、犯罪者は襲いにくくなる。これは先進国の人には分かりづらいブラジルの現実の一側面だ。今まで20年ぐらい銃規制を厳しくする方向で試してきて成果が出なかった。その現実を踏まえて、緩和の方向へ舵をきって試し始めたのが件の大統領令ではないか。とはいえ、これも成果を見てみないとわからない。
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 新政権に関して、今のところ最も頂けないのは、息子フラビオ・リオ州議(2月から上議に就任)の秘書の銀行口座に、120万レアルもの疑惑のお金の動きがあって捜査が進んでいたのに対し、息子が捜査差し止め請求を最高裁にして認められた件だ。何もやましいところがないなら、疑惑が明るみに出た昨年12月にさっさと説明して終わらせておくべきだった。
 しかも2月から上議に就任して議員特権で守られるようになるのを見越して、今はまだ特権がない身分のはずなのに、最高裁に捜査差し止め請求を出すこと自体おかしい。しかもボウロナロ本人と共に息子も選挙戦の最中まで「議員特権廃止」を叫んでいただけに、よけいに違和感がある。
 中国の故事「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」を思い出す。「瓜の畑の中で靴を履き直すと、瓜を盗むと疑われる。李の下で冠を被り直せば、スモモを盗むと疑われる」という意味だ。ここはミッシェレ夫人から〝キツイお小言〟を言ってほしい。新大統領は、軍人たる〝厳しい父親〟としての役割を果たし、息子が間違いを犯したなら罪を償わせるよう説得し、国民に範を示すべきだ。
 ボルソナロ氏が「汚職との戦い」を掲げて大統領に選ばれた愛国者であるならば、息子を〝戦死〟させてでも前線を先に進める責任がある。息子に気を使って、敵前で後ろを振り向くようなマネはしないでほしい。今週はダボス会議という世界最大の金融関係者の集まりで、ブラジルへの投資を促す演説に集中してもらわないと困る。息子に気を取られて、財政再建という新政権のスタートダッシュを鈍らせるのは止めてほしい。
 息子の件に加えて、もう一つ注文を付けたいのは、社会保障(年金)改革の中に軍も含めてほしい件だ。優秀な人材がいるなら軍人登用自体は大いにけっこうだが、だからといって軍だけを優遇をするのはオカシイ。「法の下の平等」は万人に適用されるべきであり、軍人だけが特別な任務をしている訳ではない。まして軍人なら「国のため」を優先すべき。国の財政より軍人年金を重視するようであれば、愛国者の風上にも置けない。依怙贔屓のない、本当の愛国心に溢れた軍人精神を、ボルソナロ氏には期待したい。(深)