イビウーナで暮らしておられた故・香山栄一氏から8百冊余りの書籍を引き継いで、インターネット上に何とか香山文庫のウェブサイト(http://wabicafe.com.br/kayama/)を立ち上げたのが、今から4年余り前。時々サイトの手直しなどをしてはいるものの、データベースを作るためのデータ入力はなかなか進まないでいる。焦ってもしょうがないとは思いつつ、このままではいけない、何とかしなければと、気持ちばかりが焦ってしまう。
そんな中、昨年6月頃、「ブラジル留学生の会」というのがあることをニッケイ新聞の記事で知り、連絡をしてみた。香山文庫で書籍のデータ入力などのボランティアを募っているので、会の皆さんとその情報を共有してほしいとお願いした。その結果、10月中旬に、サンパウロ大学に来ている上智大学の学生さん3人が、1泊2日の日程でボランティアに来てくれた時は、本当にうれしかった。みな真面目な学生さんたちで、滞在中目一杯作業をしてくれ、60冊余りの本の目次データを入力してくれとても助かった。
ただその後、そのデータをインターネット上に掲載するための細かな作業をひとりで黙々としながら、ふと、香山文庫の今後について考え込んでしまった。こうやってインターネット上に香山文庫を作って、日本人移民関連のどんな書籍があるのかネット上での検索が可能になったとしても、それを利用する人たちが果たしているのだろうか? という思いにかられてしまったのだ。
香山さんからこれらの書籍を引き継いだ際、サンパウロから遠いこんな片田舎の個人の家にある書籍なんて宝の持ち腐れだから、サンパウロの文協かどこかに渡した方がいいのではないかという人たちもいた。しかし、香山さん自身が文協などへの寄贈を望まれなかったのだし、インターネットを活用すれば何とかなるのではないかと、その時は考えたのだった。実際、サイトを立ち上げた当初、日本から本に関する問い合わせが2~3件あったりもした。
しかし、日系コロニアの高齢化と日本語を理解する人たちの人口減少は、避けられない現実として日々ひしひしと迫ってきている。文協などの日系団体組織も日本語を理解しない二世、三世へと世代交代していることを考えると、110年に及ぶ日系社会に蓄積された日本人移民の記憶もやがて忘れ去られて、なかったことになってしまうのではないか? 香山文庫だけでなく、ブラジル各地に散在する貴重な移民史関連書籍は、遅かれ早かれ人知れず廃棄処分の憂き目に遭う運命なのではないか? 文協にある図書館ですら、利用者がいなくなれば存在意義を失うのではないか?と強い危機感を覚えた。
あれこれ考えながら、そもそも日本の大学に日本人移民史を研究する学科がまったくないことが一番の問題ではないかと思い至った。日本からはアメリカやブラジルだけでなく、様々な国に多くの移民を送り出している。それにも関わらず、何故それが研究対象になっていないのだろう?たとえブラジル国内で日本語を理解する人たちがいなくなったとしても、日本の大学で研究している人たちがいれば、これらの書籍は廃棄処分を免れ、いつか日の目を見て、利用されることもあるのではないか? 日本人移民の足跡を記憶し続けるために必要なことは、それを研究する人材を育てる学科を作ることではないか?
日本政府が「日系社会との関係強化」を本気で言うのであれば、ぜひ、どこかの大学で日本人移民史を研究する学科を設立するなり、そのような研究学科を設立しようと考える私立大学を支援してほしいものだと思う。もし日本政府がそれをしなければ、国策による移民だったにも関わらず、日本国外に出て行った人たちはもう自分たちとはまったく関係のない存在だと言っているようなものだし、日本人の無関心をさらに助長し、「移民は棄民」だったという批判に反論することはできなくなるのではないだろうか?
近い将来、日本国内への移民受け入れが当然のこととして現実味を帯びる中、海外の日本人移民の足跡から学べることは少なくないはずだ。そしてブラジル側の日系社会には、文協や県人会や人文研などなど、まだまだ日本との太いパイプを持っている影響力のある団体や組織や人々が今も存在するのだから、日本人移民史研究学科設立の意義をご理解いただけるなら、日本が忘れてはならない日本人自身の歴史と、日本人とブラジルの日系人の将来のために、皆さんが一致協力して日本に働きかけていただくことはできないものだろうか?
私は楽書倶楽部の皆さんとの接点が少しあるだけで、日系社会の団体とも組織とも人々ともまったく何のつながりもない。何のコネも力もない田舎暮らしのただの主婦なので、情けないほど無力だと感じる。どうすれば皆さんが動いてくださるのか想像すらできない。しかし、もし少しでも私の意見に賛同していただけるなら、総領事館や様々な組織団体に働きかけ、相談をして協力を仰いだり、請願の署名活動をするなど、サンパウロの日系社会の中心におられる方たちならばできることがたくさんあるのではないかと思うのだ。
このまったく文化環境の異なる遠い遠い異国の地であるブラジルまで来て、歯を食いしばって現在の立派な日系社会を築き上げてきた先達に対し、今を生きる私たちにできる唯一の慰霊は、彼らの足跡を忘れず、記憶にとどめ、長く後世に残すことではないだろうか?
どうか私の問題提起を真剣に受け止めていただけないだろうか? 手遅れにならないうちに、皆さんの知恵と力を結集して、日本人移民史研究学科を日本の大学に設立するための運動を起こしていただけないだろうか?これが譲位に伴い平成から新しい元号に変わる2019年の新年の正夢となることを心の底から願っている。