ボルソナロ大統領(社会自由党・PSL)が25日、軍がクーデターを起こし、軍政がはじまった1964年3月31日から55年経ったことを祝うよう、国防省に指示を出した。25、26日付現地紙が報じている。
1964年の3月31日は、軍が介入し、時の左派大統領ジョアン・グラール氏を更迭に追い込んだ日だ。この日に関しては、ジウマ大統領(労働者党・PT)時代の2011年に、「軍はこの日に関する一切の行事を行わない」ことが決められた。ジウマ氏はさらに、軍政時代に軍が行った、政治犯への拷問や殺害などの実態を調査する真相究明委員会を発足させていた。
だが、陸軍出身のボルソナロ氏は、下院議員時代の2016年に行われたジウマ氏の罷免投票の際、「1964年の時も負け、今年も負けた」とジウマ氏を皮肉った上、「この票をウストラ将軍に捧げる」と発言し、物議を醸していた。
3月31日を祝うため、ボルソナロ氏が司令部や大隊に指示を出したことは24日の時点で明らかになっていたが、陸軍退役軍人らを中心とする軍出身の連邦政府閣僚は、社会保障制度改革を前にした時期に不要な摩擦を起こさぬため、「慎重に」と忠告していた。
だが25日、大統領府広報担当のレゴ・バロス氏は、「ボルソナロ氏は国防省に、3月31日は軍が率先して祝うべきこととの指示を出した」と報じた。
バロス氏は「大統領は64年3月31日に起きたことをクーデターとは認めていない」とし、軍内部でこの日を祝うよう指示した理由を説明した。だが、大統領がイベントに参加するかなどは決まっていない。現時点では、全体訓示のような形の文書朗読、卒業式、展示といった、内輪のものとなる見込みだ。
ボルソナロ大統領の決断に対する国民の声は否定的なものが目立っており、現地紙の取材に答えた弁護士のカルロス・アレッシャンドレ・フロムファス氏のように、大統領府が3月31日を祝うのを止めるように求める民事訴訟を起こした人もいる。
また、PT下院リーダーのパウロ・ピメンタ氏は、「ボルソナロ氏のファシスト的側面をうかがわせる例だ」と語り、「就任して100日も経たないのに失政続きだから、国民の目をそらしたかったのでは」との見方も行っている。
軍政時代を振り返ることに関して、ボルソナロ大統領は下議時代、チリで数千人の国民を虐殺したとされるアウグスト・ピノチェト元大統領も擁護した。また、三男のエドゥアルド下議やオニキス・ロレンゾーニ官房長官は昨年12月と先日のチリ訪問時に同様の発言を行い、右派のセバスチアン・ピニェラ大統領からたしなめられている。