「仏教では輪廻と云って、人は、死ぬと六道のうちの何れかの世界に生まれ変わってきますが、西山さんはその六道の中の地獄のような密林の『地獄道』、飢えの苦しみを味わって『餓鬼道』、それらと戦って『修羅道』、牛馬の様に働いて『畜生道』と、一度に経験されたのですね」
「そんな酷い苦労はしていませんが、そう云う瞬間も確かにありましたね。そして、今夜この宴会でやっと・・・」
「『人間道』にたどり着いたのですね。ご苦労さんでした」
西山老人は素直に、
「お坊さん、ありがとう。次は、死んで極楽に行ければ本望です」
「誰でも『阿弥陀仏』を信じれば極楽浄土に導いてくれます」
「来年の元旦、初めての日本訪問を考えています。私には、それが極楽になるでしょう。今回、先駆者達もやっと極楽浄土に行けたようですね」
「実は、かなりの方が成仏をためらって・・・、正直言って、素直に成仏してもらいたいのですが」
「大丈夫ですよ。彼等の半数は、私の様に単身で海外に飛び出し、苦労したと云っても自由をむさぼってきたタマシイです。だから、成仏と云っても、そう簡単に束縛できないのです」
「そうでしょうか、私は私の法行事の力不足だと思い、少し悲しい思いをしています」
「いえ、そんな事ありません。今回、和尚さんに立派な慰霊祭をしていただいた事で、全く忘れていた仏さまの存在に気付き、放棄していた日本人である事まで取り戻しました。本当にありがとう」
戻って横で話しを聞いていた西谷が、
「第三トメアスに、中嶋和尚によって仏教がやっと渡来したのですよ」
アナジャス軍曹が、
「ニシ・タニサン、(明日が早いですから、私達は失礼します)」
「(そうですね。私達も部屋に戻ります)」
「中嶋和尚、もう、部屋に戻りましょう。明日が早いですから」
「はい」
三人が席を立つと、騒がしい宴会場が一瞬静まり、日本人会会長の省吾が立ち上がり、
「西谷さん、中嶋和尚、それから第三トメアスまで案内して下さったアナジャス軍曹、法要を行う為に第三トメアスまで来ていただき、日本人会を代表してお礼申し上げます。再来年はアマゾン移民八十周年を迎える年です。それに先立って、先駆者達への慰霊祭を行い、彼らの魂を癒す事が出来、有難うございました。第三トメアスでの慰霊祭は今回初めての事で、今まで、何となく暗い、言葉では言い表せない・・・、何か・・・、心残りと云ったらいいのか、スッキリしませんでした。しかし。今日、慰霊祭が無事に終わり、宴会になった時、私はビックリした。皆が忘れていた昔の喜び、と言うか・・・」