ホーム | 日系社会ニュース | ブラジル日本交流協会=「ブラジルで1年研修しませんか?」=2018年度研修生体験談=<3>=シャーマンに会いにブラジルへ 幸崎大樹

ブラジル日本交流協会=「ブラジルで1年研修しませんか?」=2018年度研修生体験談=<3>=シャーマンに会いにブラジルへ 幸崎大樹

インディオ部落にて。幸崎大樹(25、兵庫)ヤマト商事にて研修

インディオ部落にて。幸崎大樹(25、兵庫)ヤマト商事にて研修

 「よおオカマちゃん、早くケツ出せよ」―――研修先のブラジル人同僚との、そんなふざけた〝挨拶〟で一日が始まった。
 ブラジルに到着して3日。ヤマト商事での研修が始まり、ポルトガル語もよく分からないまま初日からレストランで客の注文をとることになった。ブラジル人同僚たちに身振り手振りで助けてもらった。
 研修先の同僚とはすぐに友達になり、週末の仕事終わりには色々なところへ連れて行ってもらった。寝不足のまま翌日の研修へ向かう日々。ブラジル人は陽気で感情豊か。困っている人に対してとても親切だ。渡伯前にもっていた印象と違わない。「VOCE QUE SABE!」となんでも好きなことをやらせてくれる。
 「とても良い国だ」と思っていた――。
 ところが、言葉も覚えてきて同僚が何を話しているか分かってきたある日。「大樹の仕事態度が悪いから職場から追い出してほしい」と言われていることを知った。
 表向きは愛想よく見えても、裏では僕への不満で溢れていた。
 私自身「ブラジルだし、同僚もやっているし、遅刻や仕事中の雑談も大丈夫だろう」という日本ではしないような気の緩め方をしていた。
 そんな私を同僚は「日本人だから優遇されていて、怠けてもクビにならない奴」と思っていた。
 「VOCE QUE SABE」というのは、何でも好きなようにやっていいという意味もあれば、自分の立場を知れという意味もあるのかもしれないと思った。
 ブラジル日本交流協会という団体を通して来ているため、11カ月間は研修することが決まっている。この不況下のブラジルで、遊び半分で働いている日本人の姿を見て彼らがどういう感情を抱くか―――。こんな当然のことに気づくのに4カ月もかかった。
 怠け者のレッテルをどう返上していくか悩み、同僚にアドバイスをもらって、仕事の仕方を見直した。同僚には本当に助けてもらった。
 そんな折、持病の潰瘍性大腸炎が再発した。これはまだ治療法が確立されていない病気で、発症したら一カ月は床を離れられない。
 研修は2か月間休むことになった。復帰後も体力の低下で思うように動けず、以前では楽しめていた冒頭のようなやりとりも気に障るようになり、無視を決め込むことが多くなった。
    ☆
 ブラジルには、植物や水など自然の力を使って不治の病を治すシャーマンがいる。インディオにとっての医者兼宗教家のような存在だ。
 シャーマンに会うことが僕のブラジルに来た目的の一つでもあった。
 持病の再発をきっかけに、シャーマンの存在を強く思い出し、計画の遅れを取り戻すように、休日の同僚の誘いを断りシャーマンと繋がりのあるインディオに会いにいった。インディオに会ったことで得たものは多かったが、その代償として同僚との関係は悪くなる一方だった。
 そしてある日、インディオを貶されたことで、互いに溜まっていた不満が爆発してケンカになった。その後、研修終了まで約一か月間、口も利かない状態になった。
 ケンカのことを気にしすぎても仕方ないと思い、研修最後にもらった一カ月の休暇では、アマゾンの森の奥にあるインディオの村を訪れた。念願の旅が叶った。
 ブラジルの西端アクレ州まで行き、そこからボートで8時間かけてやっと〝最果ての地〟に着いた。
 しかし、そこは想像と違い、WIFIの電波塔が建っていたし、テレビもあって日本のアニメNARUTOが大人気だった。想像していた「未開の地」はもうなかったが、日本人もびっくりな「おもてなし」が存在していた。
 ご飯もベッドも用意してあり、体調が悪いと言って早く寝ると、インディオのお父さんが枕元で子守唄を歌ってくれた。見ず知らずの者に対して、お金も受け取らずにこんなにもてなしてくれるのはどうしてだろうと戸惑い、文化人類学の本を読むとそこには「贈与」についての営みが書いてあった。
 「モノとモノ、言葉と言葉の交換によって、人は独りでは生きられない世界を他人との協力によって生きてきた」
 これも当たり前といえば当たり前のことだろうけれど、自分はこのことを見逃していたなと感じた。
 そして、ケンカ別れをした同僚とのコミュニケーションも自分から断ってしまっていたことに気づかされた。
 思えば私が病気になる前は、たくさん友達を紹介してくれて海にも連れて行ってくれた彼。そんなことも忘れて体調不良に気分が落ち込み、自分の世界に引きこもっていった私。
 帰国して一カ月たち、久々に彼と連絡をとると、互いの思いを伝えあうことができて、スマホを見ながら少し泣いた。
 〝最果ての地〟で体験したシャーマンの世界よりも、もっと身近にあって見逃していたこと。思いを伝え、言葉を交換することで人は生きてきたんだという当たり前のことに気づけたことが、今回のブラジル研修で得られた最も大きなものだった。
 今まで追い求めていたシャーマンの世界よりも神秘的なものは、人と人との関係の間にあるのかもしれない。こんなことを思いながら身近な人との会話ややりとりを大切にしていこう。帰国後の日本の生活に馴染みながらこの思いは手放さないでおきたい。
     ◎
 2020年度の研修生募集期間は7月31日まで。募集人数は15人程度。参加要件は、①2020年4月1日時点で成人している②高等学校卒業もしくはそれと同等以上の学力を有する③犯罪歴が無い④日本事務局が開催する募集説明会に参加していること。
 参加費用として100万円が必要で、半年間の派遣前研修を日本で受けてから渡伯となる。応募、詳細問い合わせは同協会HP(http://anbi2009.org/)から。