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極右VS極左の仁義なき戦い

19日に上院憲政委員会で、ヴァザジャット疑惑に関して弁明するモロ法務大臣(Pedro Franca/Agencia Senado)

19日に上院憲政委員会で、ヴァザジャット疑惑に関して弁明するモロ法務大臣(Pedro Franca/Agencia Senado)

 「こんなシュール(超現実的、奇怪)な光景が見られるとは…」――6月19日に上院憲政委員会でなんと9時間にわたって繰り広げられた、セルジオ・モロ法相を問い詰める政治家たちの鬼気迫る様子をテレビで見ながらそう感じた。両手に余る汚職告発をかかえていつ監獄送りになってもおかしくないレナン・カリェイロス上議らが、巨悪を追い詰める「汚職撲滅の国民的英雄」モロ氏を、いままでの恨みをはらさんとばかりに厳しく問い詰めていたからだ。
 この場面を見ながら、やはり世の中は「作用と反作用」によって動いていると再確認した。いま過激化しつつあるのは、ボウロナソに代表される極右政局の台頭に反発する極左勢力の台頭ではないか。単なる仮説だが、「極右と極左の仁義なき戦い」という政局の構図を説明したい。

問われる裁判官の中立性

ブラジリアの最高裁前にある「正義」像(Filipo Tardim, From Wikimedia Commons)

ブラジリアの最高裁前にある「正義」像(Filipo Tardim, From Wikimedia Commons)

 2017年9月の全伯短歌大会の高点歌2位には〈一命を賭して巨悪にたちむかう若き判事は国の光明〉(山元治彦)というモロを謳った作品が入った。そんな国民的英雄としてのモロの名声がガタガタと音を立てて崩れ、大臣辞任の窮地に立たされている。
 携帯電話のアプリを通したラヴァ・ジャット作戦捜査陣とのやり取りがハッカーによって盗み取られ、その内容に基づいた記事がインターネット上で公開されて、大スキャンダルになっているからだ。そこで問題になっているのは「裁判官の中立性」だ。
 刑事裁判の構図は基本的に、殺人や強盗などの法律違反をはたらいて訴えられた「被告」(犯人)、それを訴える「原告」=「捜査陣」(検察・警察)という対立構造がある。そのどちらにも偏らずに、間に立って公正かつ中立な判断を下すのが裁判官だ。
 だからブラジリアの最高裁前にある像は、目隠しをした女神が刀を持って座っている姿だ。身分や血筋や資産という先入観から離れて、中立な立場から被告人をさばき、刑(刀)を下すという意味だ。
 ラヴァ・ジャット作戦の場合、被告人の代表格はルーラ元大統領、捜査陣の代表格はダラグノル検察官、その両側に等距離を保って中立的判断を下すのが連邦地裁判事(裁判官)たるモロ氏の役目のはずだった。
 ところが暴露された記事によれば、モロ氏は検察官の側に立って、積極的に捜査の方針を指示し、「司令官」のように振る舞っていた疑いがもたれている。
 その中で、PTの中核的政治家を次々に逮捕する一方で、PSDB筋にはあまり捜査を進めないような配慮していたという疑惑まで出てきており、「司法の政治利用では?」との声すら出ている。
 LJ作戦で名を挙げて国家的な英雄となり、連邦地裁第一審判事から、いきなり法務大臣になった。次は、定年まで勤められる最高裁判事という司法関係者なら誰もが憧れるステータスが半ば約束されていた…。
 それが、一気に奈落の底に叩き込まれる瀬戸際に立たされている訳だ。

「今頃それを問題視するの」という違和感も

 だが実は、今回それが問題になっていることに、コラム子的には少し違和感がある。
 ブラジルではもともと検察官と裁判官の意思疎通はかなり密だ。卑近な例で申し訳ないが、2010年前後に頻繁に日系社会面を騒がせた、日本で犯罪を起こして帰伯逃亡してきた元デカセギの国外犯処罰裁判を何回か取材した。
 その際、検察官と裁判官がよく一緒に記者会見していた。それぞれを別に取材する機会もあったが、かなりお互いに意思疎通がある雰囲気が濃厚だった。こう言っては何だが、司法業界の公務員仲間に見えた。
 一方、被告人の弁護士は裁判を終えるとさっさと立ち去り、彼等と一緒に記者会見するという雰囲気は全くなかった。裁判の中で敵対する検察官と距離があるのは当然だが、裁判官ともあるように見えた。
 だいたい、今までブラジルのメディアでも「モロが指揮するラヴァ・ジャット作戦」という表現は、普通に使われていた。捜査陣のトップであるダラグノル検察官ではなく、モロの方が英雄になるという構図自体に「裁判官が主導する捜査」というイメージが最初からあった。
 マスコミがそう報じたからこそ、捜査官が「巨悪にたちむかう正義の味方」「国民的英雄」という風に讃えられるのでなく、モロに国民の賞讃が集まっていた。
 恥ずかしながらコラム子はそれに違和感を受けながらも、「ブラジルはそういうものなのか」と思っていた。

マスコミへの秘密漏えいはLJ作戦の得意技

 それに、ここで思い出すのはラヴァ・ジャット作戦が始まったばかりの2014年頃、モロ氏が頻繁に「イタリアのマン・リンパ(ML)作戦を参考してラヴァ・ジャット作戦を進めている」というコメントしていたことだ。
 イタリアのML作戦とは、1992年に始まってイタリアの政界と企業の癒着・汚職を徹底的に洗い、3千人が逮捕された大事件だ。捜査されたうちの438人は国会議員で、しかも4人は元首相だった。92年当時与党だった4党がその数年以内に消滅するという「浄化」をもたらした劇的な作戦だ。
 その時のイタリア司法が使った裏技とは、「現場レベルの司法関係者の行動だけでは、すぐに政治家の人事権によって潰される。マスコミを味方につけて捜査内容を積極的にリーク(漏えい)し、世論を味方につけて政治家に対抗していく」という作戦だった。
 ブラジルのLJ作戦では、デラソン・プレミアーダ(司法取引証言=報奨付供述)という秘密兵器が多用された。その内容が、最高裁判事の承認を得る前に、雑誌や新聞にすっぱ抜かれることが当たり前になり、常にペトロブラス汚職問題が世論をリードする状態が数年間続いた。
 その結果、マニフェスタソンが繰り返されてLJ作戦が賞讃され、逆にPT政権が弱って来た経緯がある。
 これは明らかに秘密漏えいであり、司法側が非合法にマスコミに伝えていた可能性が高いことは、以前から問題にされていた。当然のことながら、司法側からのリークにたよるマスコミは、分かっていてもそのことを問題として大きく取り上げてはこなかった。
 そのひずみが今回、一気に逆方向に働いた。モロと検察官の秘密の会話が、リークされて大問題になっている。

PSOLとは何者か?

 今回、注目されるのはモロの会話をハッキングする指令を出した裏幕は誰か?――という点だ。
 今回のモロ疑惑で一番利益があるのは、現政界の構図から言えば、間違いなく反ボルソナロ陣営の誰かだ。「モロが偏った判決を下した」という風になっていけば、ルーラ保釈への道が開け、PT陣営が息を吹き返すことは間違いない。
 気になるのは、暴露記事が公開されたのがニュースサイト『ザ・インターセプト』という点だ。同サイトの創立編集者は、リオ在住の米国人ジャーナリストのグレン・グリーンウォルドだ。2013年6月に、エドワード・スノーデンによるNSA内部告発の記事を書いて『ガーディアン』に掲載し、世界的に有名になったジャーナリストだ。
 その翌年14年に彼が創立したのがサイト『ザ・インターセプト』だ。彼は男性同性愛者で、デイヴィッド・ミランダをパートナーとしている。ミランダはPSOL所属の連邦議員だ。そのため、ブラジルのマスコミは一般に同サイトを「PSOL系のメディア」と形容する。
 ここで、気になるのがPSOL(社会自由党、Partido Socialismo e Liberdade)という政党だ。この創立メンバーは、実はもともと皆PT党員だ。政権をとるまでのPTは、ルーラというカリスマ盟主のもとに中道穏健派から極左ゲリラ的な人物まで雑多な左派が集まっていた。
 だが03年1月からルーラが大統領になり、中道的な政策をとり始めた。そのことに不満を憶えた極左勢力が党内で批判を繰り返し、PTから破門された。そんな極左勢力が独立して、04年6月に立ち上げた政党がPSOLだ。
 その創立経緯から、PTの中でも「筋金入り左派」(民主主義の範囲内で社会主義へ変革)から「極左ゲリラ的勢力」(革命主義)までが集まった政党といわれる。だから、その後も「地下活動」や「怪しい活動」を含めて、政界の重要な局面にたびたび関わっている節がある。
 その流れに、05年から始まったメンサロン事件によってPT主要政治家らに次々に疑惑が上がったことで嫌になって離党し、PSOLに加入した政治家もおり、どんどん膨れ上がった。
 たとえば、2014年から始まったマニフェスタソンの最後に突然、覆面をした黒ずくめの破壊行為をする若者グループ「ブラック・ブロック」が現れるようになった。学生活動家の過激分子が多く属していると言われるPSOLの学生部隊の「別動隊」ではないかともっぱら噂されている。

バンジTV局カメラマン殺害事件へのPSOL関与を告発するVeja誌記事

バンジTV局カメラマン殺害事件へのPSOL関与を告発するVeja誌記事

 14年2月10日、ブラック・ブロック活動家が放ったロジョン(打ち上げ花火)により、リオでバンジ局カメラマンが殺害された事件の時も、犯人にPSOL関係者から活動費が支払われていたことが報道された。
 記憶に新しいところでは昨年9月、大統領選挙の分水嶺となったボルソナロ刺殺未遂事件の犯人アデリオ・ビスポ・デ・オリベイラ被告も、2007年から2014年までPSOLに所属していたことで話題になった。もちろん、その事件との関係性は分からないが、PSOL的な思想傾向を持った人物だったことだけは確かだ。
 つまり、手段を問わないような、仁義なき戦いを地下活動として繰り広げていると思われる節が多い政党だ。

リオ刑務所を二分する勢力

ボルソナロ刺殺未遂事件の犯人がPSOL党員だったことを報じるフォーリャ紙

 2016年10月20日、ラジオ・ジョヴェンパンに出演したロベルト・ジェフェルソン元下議は興味深いリオの刑務所体験を証言(https://www.youtube.com/watch?v=0_YscP_J8Ng)した。
 PTB党首としてメンサロンを内部告発してPT権力永続計画のほころびを最初に作った人物だ。PT政権が政府法案を通過させるために裏金を配っていて自分も受け取ったと証言し、ルーラの右腕的人物ジルセウらを逮捕させ、自らも7年の実刑判決を受けた。
 その刑務所収監中、《刑務所の中ではウニベルサル教会が一番、存在感が強かった。牧師たちがやってきて儀式をし、サンドイッチや飲み物を配っていた。だからたくさん参加者が集まった。その対極にあったのがPSOL勢力だ。刑務所の中の一番悪質な犯罪者がPSOLに守られていた。彼らが看守を攻撃するとか、壁に落書や脱走しても、PSOL系のNGOの弁護士が出てきて必ず弁護をした。それによって刑務所の否定的な部分を支配したのがPSOLだ。「お前が刑務所に入れられたのは、エリートがこんな社会を作ったからだ」「ブルジョア階級がこんな格差を作ったと暴かなければいけない」「そのためには革命するしかない」と、そのための手段を問わない演説をしていた》
 まさに、この「PSOL対ウニベルサル教会」という構図が一般社会で再現されたのが、2016年リオ市長選挙だ。
 ウニベルサル教会に代表されるエヴァンジェリコ(新興キリスト教福音派)が推すマルセロ・クリベーラ現市長と接戦を繰り広げたのが、PSOLのマルセロ・フレイショ州議(当時、現連邦下議)だった。フレイショ下議は初期からのPT党員だが、2005年にPSOLに移籍した。
 このリオの構図が、今ブラジリアで拡大再生産されている印象が強い。
 連邦議会を牛耳るキリスト教福音派議員グループの力は年々増しており、それがボルソナロ政権を支えている。

「敵の敵は味方」でミリシアと極右が繋がる?

 フレイショ下議を語る上で忘れてはならないのは、彼が政治家として育てていた故マリエレ・フランコ市議だ。彼女はファヴェーラ出身の黒人で、女性、同性愛者という極左的には一番シンボルにしやすいキャラクターだった。それが昨年3月にリオ市内でミリシアによって暗殺されて国際的に大問題になった。
 ミリシアというのはリオ独特の犯罪組織だ。構成員にはパラミリタール(民兵)と呼ばれる、現役不良軍警や退役警察官や軍人がおり、彼らが地下に作った組織だ。
 この「PSOL対ミリシア」闘争の発端は、フレイショ氏が2009年のリオ州議時代、議会内にミリシア調査委員会を設置して委員長となり、政治家との癒着を調べ上げたことにさかのぼる。この時代のフレイショの活躍が映画『Tropa de Elite 2』(2010年、ジョゼ・パジーリャ監督)の主要登場人物の発想の元となったことは有名だ。
 フレイショ氏の弟は06年7月にミリシアに暗殺され、同氏のボディガードも15年11月に犯罪者に射殺された。命がけで犯罪者集団と戦う政治家であり続けるために、自分の身や家族を危険にさらすという大変な想いをしてきた人物だ。
 つまり、PSOL対ミリシアという図式の中で、極左勢力と対極にある極右勢力に対し「敵の敵は味方」と言う立場からか、ミリシアに対して比較的に親派的な発言が多かった。

2012年のリオ市長選でフレイショ候補(中央)を応援するヴァギネル・モウラ(左)、マルセロ・ユカ(右)(Marcelo Freixo, From Wikimedia Commons)

 左派勢力はフレイショに味方し、2012年のリオ市長選の時から、PT親派で有名なハイウッド俳優ヴァギネル・モウラ、作曲家マルセロ・ユカらは手弁当で選挙戦を手伝っていた。
 このミリシアは元々非合法的な武装集団だから、暗殺などはお手の物と言われる。この流れの中で1月、連邦下議では史上初の同性愛公表者として知られるジャン・ウィリス氏(社会主義自由党・PSOL)が「命が狙われている」と国外避難し、24日には下議職返上を宣言した。
 今年3月、マリエレ暗殺に関わっていたとして逮捕された退役軍警ロニー・レッサ容疑者は、ボルソナロ大統領と同じコンドミニオ(閉鎖式の高級住宅地区)に住んでいた。もちろん直接の関係はない。だが1月には、ボルソナロ大統領の長男フラヴィオ上議が州議時代、マリエレ殺害容疑者の母を職員として雇っていたとの疑惑の関係が発覚していた。

正義の味方も悪役もいない暗闘

 このようなリオを震源地としたPSOL対「ミリシア+新興福音派」という図式に、PSOL対極右集団という図式が重なった暗闘を繰り広げている。
 ボルソナロが大統領になったという極右台頭に対し、弱体化したPTではなく、極左勢力が反撃を繰り広げている。その結果、手段を選ばない仁義なき戦いとなった。
 表沙汰の方法にこだわらない分、分かりづらい水面下での戦いが繰り広げられており、その一つが今回のハッキングによるヴァザジャットだ。
 汚職事件の秘密漏えいで国民を味方に付けるというモロの「必殺技」が、そのまま極左集団によってまねされて、ブーメランのように自分に跳ね返って来た。
 おそらく、この「仁義なき戦い」には正義の味方も悪役もいない。この暗闘の中で、全ての正義は化けの皮がはがされ、悪役の正体もいずれ明かにされるだろう。(深)