正輝はこうした警察の動きに細心の注意を払った。捜査が進めば、やがて、アララクァーラにも警察の手が延びるのは時間の問題だった。それには理由があった。カルドーゾ警察長の指揮のもとに行われた家宅捜索で警察が没収した聯盟制作の詳しい地図には、アララクァーラの町にもはっきり印がついていた。
サンパウロ、マウア(この支部は前回の警察調査ですでに標的となっていた)、また、サントス‐ジュンジアイ線に沿ってアナジーアス、ペドロ・バーロス、セドロなど、移民集団地が存在する州の東部には印が少なかった。
ヴァーレ・ド・パライーバ方面はピンダモンニャンガーバとカンポス・ド・ジョルドンの2カ所しか印されていなかった。奥地に向ってはサンパウロ市に近いジュンヂアイーとカンピーナスから始まり、つづいてアララクァーラに印がついていた。そこから西にむけ、臣道聯盟の支部は数を増していく。正輝はポルトガル語が読めたので、ポ語の新聞から情報を得た。
4月5日付のガゼッタ紙で、臣道聯盟の容疑者名簿についての記事を読んだ。聯盟本部で見つけられた支部の指導者と思われる400数名におよぶ名が明記された長いリストだった。それらの人物はただちに検挙され、DOPSに送りこまれ、ジェラルド長官の聞き取り調査を受けるべきだと書かれてあった。
そこに載っているアララクァーラの容疑者の名を、正輝は神経を尖らせながら、恐る恐る読んでいった。リストにはこれといった順序はなかった。正輝が一番先にみつけたのは山田せいいちという知らない人だった。次に坂本いとく、つづいてシミル(清水?)しんぞうで二人とも知らない人間だった。
「オレらのことが分らなかったのだろうか?」と思っていると、仲間の名前が現れはじめた。はじめはグループの副会長ともいえる洗濯業の湯田幾江、次に高橋明雄、つづいて、親友の津波元一、そして、有田ヒロシ・マリオとあったが、ホテル経営の有田博夫マリオにちがいなかった。三保來槌、お終いにホクジョウ・マサミツという名があった。
自分の名を読んで正輝は「あはは! オレは絶対捕まらない。ホクジョウ・マサミツなんていう人間はいないんだから」と大笑いした。
もとはセイコーという名だったが、30年ほど前、樽叔父に連れられてきたとき、ブラジルに牛という名の旅券で入国した。それをもとにしたブラジルの身分証明書は正輝だ。それがマサミツと読まれたのだ。警察がみつけたサンパウロ奥地の臣道聯盟支部の指導者や会員のリストの名は漢字で書かれた。漢字の正輝はマサミツとも読めた。表意文字を知らず、まして、ちがった読み方のあることを知らない警察は人の名前も同じ漢字でもちがった読み方があることが分らなかった。警察はホクジョウ・マサミツという架空の人物を追っている。
「オレは絶対捕まらない」正輝はくり返して大笑いした。
その日、房子にそのことを話そうと、急いで帰宅した。喜色満面で「警察はまったく無能だ。だれを探していると思う? ホクジョウ・マサミツっていう男だ」と一気に話した。房子も笑った。
母の横にいたマサユキはどういうことか知りたがった。そこで長男にその訳を詳しく説明した。
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