ここ数カ月、世界中を激震させるような抗議行動が連鎖反応のように起こっている。香港、レバノン。そして南米でもエクアドルとチリで民衆と政府が激しく激突した。こうした状況を見て、「もしかして、ジョーカーは時代を予見したのか」「実在して、世界を混沌に陥れているのではないか」。そんな声が世界中のネットであがっている▼「ジョーカー」とは、今月から全世界で公開され全世界的に爆発的にヒットしている映画の主人公だ。かの有名な「バットマン」でおなじみの宿敵で、主役扱いは今回はじめて。だが、ホアキン・フェニックス演じるジョーカーは、これまでになく共感され、愛されている。マスコミが公開前から、「暴力を煽る危険なキャラクター」と強い警鐘を投げかけたのにもかかわらずだ▼それはジョーカーの生い立ちに関係がある。ジョーカーことアーサー・フレックは精神病を患っている売れないコメディアン。そんな彼は女手ひとつで育ててくれた病弱な母親と30歳を過ぎても同居中。彼らの暮らしは、ゴッサム市の市長トーマス・ウェイン(息子が後のバットマン)の弱者切捨ての政治で苦境に立たされていた。そんなある日、ピエロの格好で地下鉄に乗って家に帰宅していたアーサーは、ウォール街のエリートたちから面白半分にリンチを受ける。これに激高した彼は持っていた銃でエリートを惨殺してしまう。彼は現場から立ち去り、逮捕されずに逃げてきたが、その間に「謎のピエロ」は社会的強者に辟易としていた民衆たちのヒーローとなっていく・・・▼話はここからエスカレートし、暴力も過激になるため、とりわけ子供への教育には非常に悪い作品であることはコラム子も否定しない。ただ、そんなコラム子でさえ「これは現状のハリウッドでギリギリセーフの絶妙な作りだ」とも思った。これが仮にジョーカーが人種差別や同性愛嫌悪者として描かれていたとしたら「ナチス扇動映画」として、ポリティカル・コレクトネスにとりわけうるさいハリウッドは製作さえ許さなかったであろう。だが、「弱者を切り捨てる冷たい社会が怪物を生んだ」のなら、罪は許されなくても考えさせる余地は出てくる。そこを絶妙についたな、と思った。そして、「これ、南米だとリアルに感じる人、多いだろうな」とも思った。ジョーカーがチェ・ゲバラのように見えたからだ▼そうしたら案の定、ツイッターを検索してみると、ジョーカーをゲバラや南米の左翼ポピュリズム系の政治家に喩えるツイートをポルトガルやスペイン語で多く発見した。中にはブラジルのルーラ元大統領の名も少なくなかった。そして、いざエクアドルやチリで暴動がはじまってみると「ジョーカーは実在するのでは?」というツイートもよく見るようになった。いずれも、新自由主義経済を進める大統領に対して、生活苦の国民が立ち上がった抗議運動だからだ▼そして遂には、レバノンのベイルートで、実際にジョーカーのメイクをして抗議運動を行なっている人たちが話題を呼びはじめている。この国も、保守系政権が携帯アプリに課税しようとしたことで生活苦の国民の怒りが爆発したものだった▼そして、暴動こそは起こっていないものの、アメリカでも「ジョーカーが待望されているのではないか」との説が起こりはじめている。それは来年の大統領選の民主党候補選出のキャンペーンで現時点で最も人気なのが、歴史的にこれまでで最も社会主義的な政策をかかげるエリザベス・ウォーレン氏であるためだ。彼女がジョーカーのように、格差社会に苦しむアメリカ人の気持ちを救いあげ、企業家の代表であるトランプ政権に勢いで対抗してくるのでは・・・。そんな予想も起こりはじめている。暴動さえ起きなければ、なまじ悪いシナリオではないが。(陽)