グローボ局の花形ディレクターとしてヒット番組を多く手がけたジョルジェ・フェルナンド(64)が27日、入院先のリオ市内の病院で亡くなった。大動脈乖離を起こし、同日午後から入院していた。
1978年にグローボに入局したジョルジェは、全部で34本の番組を担当した。
ディレクターとしてのデビュー作は1981年の「ジョーゴ・ダ・ヴィダ」だが、1980年の「コラソン・アラード」と1981年の「バイラ・コミーゴ」ではディレクターを補佐した。
彼の名を一躍有名にしたのは、1983年の「ゲーラ・ドス・セクソス」だ。ブラジルを代表する大御所女優で、今日に至るまでブラジル人で唯一、米国のアカデミー賞にノミネートされたフェルナンダ・モンテネグロの代名詞的なヒット・ドラマだ。
名優パウロ・アウトランとフェルナンダ扮する富豪夫婦が屋敷で食事中に大喧嘩するシーンは、ブラジル・テレビ史の名場面として知られている。
1990年代に連発したヒットドラマには、「ライニャ・ダ・スカタ」(1990)、「ヴァンプ」(1991)、「デウス・ノス・アクーダ」(1992)、「ア・プロッシモ・ヴィチマ」(1995)などがある。セクシー系女優のクラウジア・オハナが「ヴァンプ」で演じた吸血鬼も、ブラジル・テレビ史で語り草となっている。
また、自らも俳優としてもテレビに出演。「サイ・デ・バイショ」(1999)「マッチョ・マン」(2011)といったコメディには自ら出演していた。
ここ数年、脳血管障害をわずらって休養しており、今年、ドラマ「ヴェロン90」で久々にディレクター復帰したばかりだったが、奇しくもこれが遺作となった。
この遺作にも出演した人気ベテラン女優で、公私共に親しかったクラウジア・ライアは、「私のすべてだった」と親友を亡くしたことにショックを隠せていない。
その他、女性司会者のシューシャやコメディ女優のイングリッド・ギマリャンエス、女優のリリア・カブラル、コメディアンのマルセロ・アジネットら、有名人が続々と追悼のコメントを寄せている。
葬儀は29日にリオ市南部のレブロン劇場で行われる。午前8~10時は一般公開されるが、それ以降は家族と友人だけに限定される。午後1時からはカジュー区のペニテンシア墓地のチャペルで火葬前式が行われ、火葬に伏される。(28日付G1サイトなどより)