今年のそろばんブラジルチャンピオンを決める『第61回全伯珠算選手権大会』で、前年度優勝者の岡田龍樹くん(10、平成そろばんアカデミー)が大会史上初の成績を収めた。この大会はブラジル珠算連盟(斉藤良美会長)が10月27日にサンパウロ市の天理会館で開催し、子供から大人まで約200人が参加した。珠算・暗算を試験で競う「総合問題」と、それに加えて読み上げ競技などの順位得点の合計で争奪を行う「全珠連理事長杯」という大会の二本柱の両方で、龍樹くんは今年も王座に就いた。2017年の最年少優勝から3年続けてのダブル優勝であり、当地では前人未到の領域といえる。
「全珠連理事長杯」を3年間連続で持ち帰った選手はこれまでいない。持ち回りの優勝杯は3年連続の覇者が貰い受けるという当地慣習に則り、歴史ある理事長杯の優勝カップは、今回特別に龍樹くんに贈られ、次回大会からは新しいカップが導入される予定だ。
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大会で最も難しい段の部の「総合問題」は、暗算・掛け算・割り算・見取算・開法(平方根・立方根)の五種目。龍樹くんはその全種目で最高得点を取得し、五つの金メダルを手にした。「全珠連理事長杯」では、読上算(そろばん)優勝、読上暗算優勝でポイントを重ねて堂々の1位。段位の出場者で最年少ながら圧倒的な強さを見せた。
本人に感想を聞くと「総合優勝と理事長杯を両方とも3連覇できたのが何より嬉しい」と屈託のない笑顔を浮かべた。
日頃の練習がものをいうのが「総合問題」だ。昨年も全種目を制してはいたが油断せず、五種目の中で一番得点が難しい暗算と自分の強みの掛け算を徹底的に練習して本番に臨んだ。その結果、2位以下に大差をつけての優勝となった。
「全珠連理事長杯」は総合問題の結果と、読上算(そろばん)・読上暗算の順位で争う。また、フラッシュ暗算も行う。一発勝負なので気が抜けない。フラッシュ暗算ではブラジルの大会で最高記録となる九段を正解したものの決勝戦でもつれた。気持ちを切り替え、次の種目の読上算では危なげなく勝利。
読み上げられた数字を聞いて、紙や鉛筆、そろばんを使わずに頭の中だけで数字の足し引きをする読上暗算では、当地の公式な場で初めて7桁の数字が読み上げられた。他の選手たちが狐につままれたような顔をしているなか、龍樹くん一人だけが正答し、あっという間に決着がついた。
3年前に8級で初めてブラジル珠算選手権大会に出場したとき、ひと際立派なこの理事長杯の優勝カップを見つけ、「これが欲しい!」と一目惚れした龍樹くんの願いが叶った瞬間だった。
大会で優勝するための公式=目標設定+見合う練習=結果
龍樹くんの両親によれば、そろばんの上達に秘策はなく、上手くなるにはひたすら練習だという。そろばんは「目標設定+目標達成に見合う練習=結果」の関係式が概ね当てはまる、努力が比較的報われやすい競技だといわれる。
そこで大事なのは目標設定だ。目標を低くすると少しの練習で達成できるが、大会など外に目を向けると物足りなくなる。逆に、非常に高い目標を立てた場合、それを達成するには本人の強い意志と膨大な練習量、その質の高さも求められる過酷な競技となる。また、それに付き合う指導者の熱意と保護者の理解も必要になってくる。
「彼がそろばんの天才だから優勝している」と思う人もいるようだが、両親の話を聞く限り、決してそうではないようだ。競争好きな性格も手伝って、揺るぎない志を抱き練習に励んでいる。全伯大会優勝は、ブラジルで一番高い目標を設定し、それ相応の努力をした結果だろう。
移民が伝えたそろばん文化=悲願は珠算検定十段合格
龍樹くんはブラジルで生まれ育った。サンパウロ市の現地小学校に通っているため、家庭以外では日本文化に触れる機会はあまりない。両親は日本人だがそろばんの経験はなく、息子が習い始めるまでは特に関心もなかった。
だが、そろばんを通して身に着けた計算力は格別で、集中力、記憶力、忍耐力も備わり、そろばん以外の活動にも活きてきている。「そろばんを習っていなければ、努力の大切さと楽しさを知る今の龍樹はない」と両親は語る。「地球半周も離れたブラジルに、そろばんを持ち込んだ日系移民の先人の方々、そろばんの文化や技術を昨今まで伝えてくださっているすべての先生方に感謝している」と続けた。
ブラジルのそろばんの歴史は1958年のサンパウロ珠算学校の開校に遡る。ブラジル珠算連盟発足は1959年。全伯珠算選手権大会も60年続いている。珠算のレベルは年々上がり、最近では、日本の全国珠算教育連盟が実施する検定試験で龍樹くんを含む二人が暗算十段を取得、先日行われた同連盟の検定試験では、龍樹くんが珠算九段に合格した。
いよいよブラジルから悲願の珠算検定十段合格者を世に送り出せるか、いやがうえにも期待が高まっている。