既存大手メディアと対立を深めるボルソナロ
「もしお前たちの放送権の承認更新に少しでも問題点があれば、絶対に更新はありえない。お前達はいつも俺の人生をいらだたせる。この役立たず!!!」(Se o processo da renovacao da concessao de voces nao estiver limpo, nao tera concessao nenhuma. Voces o tempo todo infernizam a minha vida, porra!!!)――リオ市のコンドミニオの門番が、マリエリ市議殺害事件の実行犯が「ボルソナロ大統領に連絡をとっていた」と関係があるかのような証言をしたとグローボ局のジョルナル・ナショナル(以下JN)が報道した後、同大統領は10月29日にそう示唆した。
言い方を変えれば、「グローボ放送局は2022年の放映権更新に難儀することになることもありえる」と脅したわけだ。普通の放送局なら肝を冷やすだろう。
これを聞いて、思い出したのは2016年の高市早苗総務相の発言だ。
産経新聞2016年2月17日サイト記事によれば、《高市早苗総務相が、政治的公平性を欠く放送を繰り返した放送局に電波停止を命じる可能性に言及し、野党が追及を強めている。「威圧だ」「放送が萎縮する」などと批判する報道が目立つ一方、放送局幹部からは「総務省側の従来の見解を示しただけ」と冷ややかな声も上がる》との記事だ。
日本ではすでにこの種の発言はあった。だがブラジルでは珍しく、大統領対グローボTV局の対決に注目が高まった。
11日付UOLサイトのリカルド・フェルトリン氏のコラム(https://tvefamosos.uol.com.br/noticias/ooops/2019/11/11/alvo-de-politicos-jornal-nacional-ganha-folego-e-publico-em-2019.htm)によれば、同大統領が就任した今年1月のJNの平均視聴率が26ポントスだったのに対し、この10月には29ポントスという数字をたたき出した。
10月には平均4340万人/日がJNを視聴していたと推計される。これは1月よりも500万人多い。ブラジル人口の4人に1人近くが、JNの報道の成り行きを、固唾を飲んで見守っていた計算になる。
同コラムによれば、ブラジル全国の主要15都市において地上波を視聴している100台のテレビのうち、実に47台がJNを見ていた。化け物のような視聴率を誇る番組といえる。
JNは今年放送開始50周年を迎えた同局の金看板であり、人気商売の政治家にとっては恐ろしい番組だ。
ただし結局は、大統領はその時にはブラジリアにいたことが議会映像で証明され、その門番の証言の正当性に疑問符がついた。形としては、グローボ側の検証不足を感じさせる「前のめり報道だった」という印象を視聴者に残した。
右派、左派両側から糾弾されるグローボ
その1週間後の11月8日、ルーラ元大統領が釈放されたとき、まっさきに行った演説で「私を政治犯に貶めた犯罪集団のリーダーはグローボだ」とこき下ろした。
当然、同日の晩のJNでは、大きく詳しく報道するに違いないと期待してみていたら、トップニュースはベルリンの壁崩壊30周年だった。
いつまでたって始まらず、しびれを切らしてみていたら、結局は天気予報の後だった。しかも「釈放されたルーラ元大統領は、政治活動への復活を宣言し、ボルソナロ大統領とラヴァ・ジャット捜査班を攻撃した」とサラッと触れただけ。自局をこき下ろしたことはまったく触れなかった。
普段のJNなら「鬼の首をとった」かのようにルーラが自局を批判したことを逆手にとって、「だからグローボは権力を監視している」と自賛するのではないかと思っていた。なにか腑に落ちないような、正面から当たるのを逃げたような、物足りないものを感じた。なんというか、以前のような「勢い」が弱まったような印象を受けた。
実際、現在の右派大統領のボルソナロだけでなく、左派のルーラ元大統領から「親の仇」のように嫌われているTVグローボという存在は、ブラジルにおいて良くも悪くも「ジャーナリズムの鑑」だ。
だいたい、ブラジルで生活するものにとって、TVグローボの存在は絶大なものがある。11月11日付UOLサイトのリカルド・フェルトリン氏のコラムによれば、看板ニュース番組「ジョルナル・ナショナル」は、視聴率調査で「テレビニュース」(telejornal)というカテゴリーの中では、47%という化け物のような数字を誇る。
思えば、日本でデカセギ生活をしていた1995年から99年の頃ですら、在日ブラジル人の大半は、たとえ1、2週間遅れでも録画ビデオでJNを見ていた。工場の中での会話の多くは、JNで見た祖国の出来事だった。地球の反対側で起きていることを知るのに、一番コンパクトで興味深いメディアとして定評があった。
連邦政府が払う膨大な広告費の大半がグローボへ
ボルソナロ大統領は昨年10月の選挙時からグローボとフォーリャ紙を「宿敵」のように攻撃し続けてきた。その彼が当選したという事実からは、その主張に多少なりとも共感する有権者が相当程度いることが選挙結果からうかがわれる。
フォーリャ紙10月31日付(https://www1.folha.uol.com.br/poder/2019/10/bolsonaro-determina-cancelamento-de-assinaturas-da-folha-no-governo-federal.shtml)によれば、大統領はバンデイランテスTV局のインタビューに答えて、「フォーリャ紙は信用できない」からブラジリアに所在する連邦政府の全機関がしていたフォーリャ紙購読契約を全て解約するよう命令を出したことを明らかにした。
ボルソナロ大統領は「この種の新聞には政府広告は出さない」とし、さらにフォーリャ紙に広告を出している企業に対しても「よく気を付けておくべきだな」と、連邦政府との取引や契約に不利益が生じる可能性があることを示唆する発言を公にした。
これに対し、フォーリャ紙のルイス・フランシスコ・カルヴァーリョ・フィーリョ弁護士は「もしも実施が確認されたら、これは明らかに憲法違反といえる状態だ」と反論している。
おそらくこれはトランプ米大統領のモノマネだ。同記事の前週にトランプ大統領は連邦政府の全機関に対し、ニューヨークタイムスとワシントンポストの購読契約をキャンセルするように命令を出しているからだ。
ちなみに、ボルソナロ大統領は「これは検閲とは違う」と同記事中で語っている。これに対して「読者がどうでるか」が問われている状況だ。
フォーリャ紙2015年6月30日付サイト記事(https://www1.folha.uol.com.br/poder/2015/06/1649933-tv-globo-recebeu-r-62-bilhoes-de-publicidade-federal-com-pt-no-planalto.shtml)によれば、グローボ・グループ全体ではPT政権時代(2003~2014年)の12年間に62億レアルの広告収入を連邦政府から得ていたと報道されている。
すごい金額だ。この期間に使われた連邦政府の広告費は全部で139憶レアルなので、実に45%をグローボ・グループだけでもらっていた。
ただし同記事によれば、FHC政権中の2002年には49%をもらっていた。最も寡占が進んだのはルーラ政権初年の03年で59%までいった。当時は地上波放送に使うお金が多かった。その後、SNSなどの普及が進んだ。特にPT政権後、SNSの影響力が飛躍的に強まった。
とはいえ、ボルソナロやルーラにとっては皮肉なことだろうが、彼ら権力者がグローボを攻撃すればするほど、結果的には視聴率が上がるという循環が起きている。
実は深まるグローボ・グループの経営危機
ボルソナロ大統領が10月末からグローボ叩きのトーンを強めている背景には、同TV局の経営危機の深まりがある。
11月11日付オ・ジア紙サイト(https://odia.ig.com.br/diversao/televisao/2019/11/5824588-funcionarios-acreditam-que-fusao-pode-causar-2-500-demissoes-na-globo.html)によれば、経営危機を受けてグローボ局グループは経営統合計画を立て、グループ会社を一体化させることで2500人もの人員整理をする方針で、新年1月1日から実施される見込みだと報じている。
オ・ジア紙はリオの地方紙で、オ・グローボ紙を母体としてテレビ事業に進出したグローボ・グループのライバル会社にあたる存在だ。当然、辛口の取材内容になると思われる。
同報道によれば、別会社として運営していた有料チャンネル企業(Globosat, a GloboPlay, a Globo.com, a Som Livre)をTVグローボに統合し、新体制において人事部門は一つだけになるという。現在1万5千人もいる社員のうちの2500人だから16・7%と大きな数字だ。とはいえ、グローボ局広報はこの数字を否定して「近代的な企業ならどこでもするような効率化の範囲のこと」と説明していると書かれている。
ヴェージャ誌11月12日付サイト記事(https://veja.abril.com.br/blog/veja-gente/globo-reduz-salario-grandes-diretores/)によれば、グローボTV局はその前週に「150人を解雇した」と書き、同局役員クラスや有名俳優への報酬を減額する対処も始まったと報じた。
その代表格がデニース・カルバーリョ(Dennis Carvalho)だ。元々は俳優だったが、グローボの視聴率を支えるノヴェーラ(帯ドラマ)やミニセーリエ(数回だけの連続ドラマ)など40本以上の担当役員として君臨し、月収40万レアルだった。それが約半額に減額されたという。
他にも同じくノベーラの担当役員ゼニーゼ・サラセニ(Denise Saraceni)らテレビ業界では超有名な人物らも、月収25万レアルから半額に減額されたという。
ちなみにグローボ局の専属俳優の月給もかなりの高額だ。テレビの7チャンネル「R7」サイト(https://segredosdomundo.r7.com/confira-quanto-e-o-salario-dos-atores-da-rede-globo/)によれば、フェルナンダ・モンチネグロ(30万レ以上)、トニー・ラモス(20万レ以上、役によっては100万レのボーナス)、アントニオ・ファグンデス(20万レ以上)、ジョヴァナ・アントネリ(12万レ以上)、デボラ・セッコ(12万レ)以上という具合だ。一本の帯ドラマでかかる俳優の人件費だけでもすごいものになる。
グローボTV局では俳優や従業員を集めて、目を見張るような豪華な年末パーティが例年開催されているが、今年は行わないかもしないと内部で噂されているという。
マリーニョ家が牛耳る経営と遅れる近代化
2018年5月2日付カルタ・カピタル誌サイト記事(https://www.cartacapital.com.br/blogs/intervozes/globo-apresenta-deficit-operacional-inedito-de-r-83-milhoes-em-2017/)は衝撃的だった。2017年のグローボ・グループの経営が初めて赤字になり、その額は8300万レアルを記録したと言うのだ。これはリオ州官報(DOERJ)同年3月16日付に掲載されたとある。
地上波放送のレージ・グローボを筆頭に、グローボ・ニュースなど30チャンネルのケーブルテレビ、ラジオではCBNやグローボ、印刷媒体ではオ・グローボ紙、エストラ紙、経済紙ヴァロール・エコノミコ、エポカ誌などがグループだ。
グループ企業の稼ぎ頭有料テレビ(Globosat)などが18億5300万レアルもの利益を叩きだしてなお、それだけの赤字になったという。
2014年の黒字額は21億8700万レ、2015年には売上が大きく落ちたがまだ14億5600万レアルの黒字、2016年もさらに落ちて1億9126万レアルの黒字になっていた。
大きな背景には2014年からブラジルが直面している大不況による広告主企業減少があり、それが特に「地上波放送」部門を直撃したらしい。
有料テレビ部門の収益が支えているが、それでは足りない状況のようだ。
カルタ・カピタル記事には《グローボは本来ならもっと(新しい収益の大黒柱である)デジタル化にエネルギーを注がなければならない状況なのに、政治的な対決に力を注いでしまっている》という批判があることが書かれている。
旧来のジャーナリズム部門が力を持ちすぎて、本来ならば「新しい時代に対応してお金を稼ぐ部門」にエネルギーを注いで投資すべきなのに、その部分がおろそかになっているとの声だ。
つまり、ルーラやボウロナロとの対決というジャーナリズム重視の視聴率稼ぎで挽回を図ろうとしているように見える。これはある意味、とても硬派で立派なことだ。だが企業として生き残るためには、お金を稼がないといけない。残念ながら、ジャーナリズムという仕事は、あまりお金に繋がらない。
難しいのは、いかに巨大企業と言えども経営しているのはマリーニョ家という創業家族という点だ。内部にいかに優秀な人材がいても、マリーニョ家に気に入られないと出世しない。
2017年12月7日付カルタ・カピタル誌記事(https://www.cartacapital.com.br/sociedade/cinco-familias-controlam-50-dos-principais-veiculos-de-midia-do-pais-indica-relatorio/)には、《調査報告によれば、5家族がブラジル国内のメディアの50%を支配している》と報じられている。
ドイツ政府が世界的なNGO「MOM」(Media Ownership Monitor)に資金提供して調査させたもの。ブラジルの大手50社のメディアのうち、26社がわずか5家族によってコントロールされている。最大なのが当然マリーニョ家で、グローボを含めた9社を支配しているという。
同記事には《グローボ・グループの視聴率だけで、2位、3位、4位、5位を集めたものを凌駕する影響力を持つ》とある。
良くも悪くもマリーニョ家がブラジル最大のメディアの命運を握っている。それは、とりもなおさず、ブラジルの汚職撲滅や政治改革の将来も握っていることでもある。
「進化において、強い動物や大きな生物が生き残ってきたわけではない。変化し続ける環境にもっとも適応を果たした者が生き残ってきた」という話を、最近あちこちで聞く。メディアとか政界も、そうなのかもしれない。(深)