「おまえたちより兄さんだ」といっても、だれもそう扱ってくれず、腹を立てた。たしかに兄さんには違いないが、この家では通用しなかった。たった一人だけ、長男が特別扱いを受けたのだ。アキミツの不満は下の兄弟たちに向けられ、彼らにあたりちらした。彼の考えでは自分は弟たちより上の立場なのだから、当然彼のいうことを聞くべきだと思った。命令したり、いじめたり、強いたりして弟たちに八つ当たりした。感情が抑え切れなくなると弟たちを殴った。こうした仕打ちに下の子たちはひとつになって立ち向かった。アキミツの怒りが爆発すると「ああ、また始まった」といって泣き声で訴える。そんなことが度々あった。
ネナは早すぎる主婦の役に専念した。下の子が歩き出すまで世話をした。当時、一番下のジュンジを母親がするようにおんぶして歩いた。そして、ジュンジが寝ている間に洗濯、台所用品の手入れ、とくに料理といった家事に従事した。次第に料理がうまくなっていった。料理といっても農家の手に入る材料は限られていたが、それを上手に組み合わせて、昼ごはんや晩ごはんを作った。
不思議なことに、保久原家は経済的には恵まれていないはずだが、最も高い食べ物の肉が不足することはなかった。肉がないときには代わりに魚を食べた。漁夫のカマチョという名のスペイン移民が川魚のトライーラを売りにときどきやってきた。緑いろのズックの袋で運び、量り売りをした。鉄の天秤棒の計りで計ったが、いい加減な数字しか出なかった。だが、値段を決めるにはその計りを使うしかなく、だれも文句をいう者はいなかった。
ネナはたちまち魚の下ろし方を覚えた。まず、包丁を尾のほうから頭にむけて動かし、うろこを取る。楽な仕事ではない。うろこがあちこちに飛ぶし、顔や、腕や、髪の毛に引っつく。いつもうろこがひれのまわりに残ってしまい、それを指で一つずつ引っ張らなくてはならない。そのあと、はらわたを取り出す。彼女は「腹を取る」と言っていた。腹に包丁を縦にあて、切るのだ。トライーラがあまり大きくない場合は簡単に手で内臓を取り出すことができる。大きなときは包丁を使って切り取らなくてはならないのだ。きれいに洗って、輪切りにし、骨を取らずにころもをつけて揚げる。
トライーラを常食するようになってからは、家族のものはだれも骨を喉に刺すようなことはしなくなった。子どものだれかが骨を飲んでも、房子は驚いたりしない。ご飯をできるだけ大きく丸めて、飲みこませるのだ。ご飯が喉を通るとき、機関車の排障器のように、刺さった骨をとり去ってしまう。一度で取れないときは二度、それでもだめなら、何回もご飯を飲みこませるのだ。ただ、飲みこむ回数が増えれば増えるほど、胃に入る魚は少なくなり、けっきょく美味しいご馳走の量が減ってしまう。そのことが分っているから子どもたちは骨を飲みこまないよう注意する。その習慣がついて年下の子どもでも骨を喉に刺すことはほとんどなくなった。
まだ一人で家から出られない子はネナにまつわりついた。ある日、ネナがジュンジをおぶり、両手にツーコとヨシコを連れて田場の家の砂糖を借りにいった帰り、子どもを背負った玉城家の奥さんに出会った。
ところが背中の子どもがおしめをはめていなかったので、便が流れ出ている。便は子どもの尻や母親の背中の下の方をよごしているのだ。三姉妹は大声で笑った。子どもはヒデオというのだがヒデと呼ばれている。「ヒデがよごれているよ」とネナは親切心から注意した。
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